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 アンスル大陸中央を襲った未曾有の大災禍は、生じた時と同じく突然に終わった。

 セントポスを取り巻く濃煙の内部から、突如鮮烈な白銀の輝きが突き抜けた。何かと人々が振り向いた時には、聖地の周囲を包んでいた闇がみるみる眩い光に凌駕されていく。

 溢れ出した清らかな月の色は瞬く間にカタピエ市街へ至り、街の者はその強烈さに耐えきれず眼を瞑った。

 光が体の外も内も、精神の髄まで充溢していく――人々はその時覚えた感覚をこう語る。

 地を襲っていた風雨や雹、業火の響きは絶え、無音が耳を圧迫する。五感全てが支配されて己の自我がおぼろになる。

 時間の感覚は奪われて、どれくらい経ったあとなのかは分からない。

 ようやく知覚が戻ってきたのを認めて瞼を開けると、空を覆っていた毒々しい血色は嘘のように消滅し、真円の月がここ近年に見たことのないほど澄み切った輝きを放っていた。

 一点の曇りもない白銀から、光の粒子が降り注ぐ。

 それはかけがえのないものを護るように、セントポスを照らし出していた。



 ***



 災禍が夢だったと疑うほど、大陸の状況はすぐに平常に戻った。避難しようとしていたカタピエ市民は日が昇る前に自宅へ帰り、火の粉や石礫で多少の被害を受けた木々や街路なども早々に修復が済んだ。

 光が収まったのち、天の脅威の中心にあったセントポスの聖堂は大破したことが確認された。以来、堂の残骸を処理するためにカタピエからの道を毎日役人が行き来している。

 大事と言えばそれくらいで、カタピエ公国を超えて被害が広がった形跡もなく、他は以前と同じ生活が営まれている。

 しかし、全てが変わらずというわけにはいかなかった。




 晴れ渡った空を飛翔していた鳥が、ケントロクス中央に聳えるひときわ高い尖塔の端に降り立った。まるでそれを待っていたかのように、赤茶色をした煉瓦屋根の下で時計の針が一つ進み、軽やかな鐘の音が響く。

 まだその旋律が鳴り止まないうちに木の扉が威勢よく開き、修道院の庭に子供達の笑い声が弾け飛ぶ。

「こらこら皆さん、ちゃんと前を見て走らないと怪我をしますよ」

 子供たちの後ろから老婦人が出てきて手を叩く。それでもなおきゃあきゃあと楽しそうに駆け回る子供の群れに逆らいながら、役人風の男が門を入って近づいた。

「ミネルヴァ先生、こんにちは。彼女はいますかね?」

 呼びかけに気づいた老婦人の顔から笑みが消えた。視線を斜めに落とし、瞳に影が射す。

「まあ……とても残念なのだけれど、ここにあの子は今いないのよ」

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