神の恩寵(三)
男はカタピエ首都への道を急いでいた。故郷で短い休暇を過ごし、また明日から領主邸での仕事に戻るために今日中には首都についていたいと馬を走らせたのだ。
領主に直接仕える衛士の身なら市門の閉門時間を気にせず通してもらえる。そのため男は、日にちが変わる前に間に合えばいいと、はじめはのんびり帰路についていた。
ところが急に爆発音が響いたと思ったら、まさに自分が向かっている方角の空に異様な光景が現れた。いかなる雷雲や噴火だろうとこんな毒々しい色にはなるまい。同僚たちや市の者たちは無事なのか。
ともかく自分の職位なら領主邸の守護や市民の防衛に駆り出されるはずであるし、一人でも多くの人員が必要だ。事は一刻を争う。男は馬を励まし、一目散に都を目指した。
市門がもう前方に見えてくる頃、常とは様子が異なるのに気がつく。男はぎりぎり閉門時間に間に合わなかったと思っていた。それにもかかわらず門は開いて市内が見えるのだ。しかも門のところには何人もの役人が屯して道を塞ぎ、何やら喧騒が風に乗って流れてくるではないか。
空が示す異常な事態に加えて一体何だと、男は胸騒ぎが増すのを覚えながら門へ向かって速度を上げた。
***
「離してください! セントポスへ向かいます!」
「黙れ女!」
「通行を許可するに足る身分証もない人間を通せるわけがなかろう!」
――やはり甘かったか。
役人に体を押さえつけられもがきながら、セレンは自分の浅はかさを呪った。
昼過ぎにケントロクスへ戻ったばかりの道を全速力で逆行してカタピエに着いたのは、市門が閉まろうという時だった。馬を降りている暇などない。閉門を告げる角笛が鳴り渡るのを無視して騎乗したまま走り寄り入門を訴えた。だが役人が納得するはずもない。たちまち馬から引きずり下ろされ身の自由を奪われた。
だからといって、止まるわけにはいかないのだ。
「ケントロクスの教会から来ました。セントポスへ行かなくては」
修道士でもない自分が教会を理由として使いたくはないが、背に腹は変えられない。だが叫んですぐ別の役人がセレンを止まらせようと加勢する。
「嘘をいうな! まだ若い女がセントポスへの使節のはずがないだろう!」
「こうしている間にも災禍は広がる! 一刻も早く聖地へ行かねば」
「この非常事態だからこそ不審者は入れられん」
「あまり騒ぐなら縛り上げるぞ!」
やめろ、と静止の声を挙げる間もなく別の役人がセレンの両腕を引っ掴み背中で縛り上げようとする。勢いよく引かれた腕に激痛が走り、思わず呻きがあがった。
「こいつを大人しくさせるのに誰か、薬か縄を」
「やめ……」
無理やり頭を下に向けさせようとするのに抗い首を持ち上げると、群がる役人の向こうに騎馬が見えた。新手の役人か、と舌を噛んで馬上へ視線を移す。
騎乗した男と目が合った。
「あ」
思わず開いた自分の口と全く同じ形に相手の男の口も開く。しかし固まったのはほんの一瞬、「すぐその子を離しやがれ!」とあたりに大音声が響き渡る。
「おいお前ら、
仰天して振り返る役人たちに向かって、領主館の元同僚衛士は続けざまに叫んだ。そして口を開きかけた一人を睨めつけ黙らせる。
「待ってろよ、すぐに領主サマ呼んできてやるからな」
そうセレンにニッと笑い、「絶対に手荒な真似するんじゃねぇぞ!」と唖然とする役人たちに一喝、砂塵を捲き上げて市の中央へ馳せていく。
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