下る裁定(五)

 咄嗟に駆けつけたクルサートルに助け起こされ顔を上げると、蝋燭の焔が激しく揺れている。振動はこれまでたびたび起こっていた地震の比ではない。

 地下は危ない。

 まずは地階へ昇らなければと、セレンが促そうとした時、鼓膜が感覚を失い全身が痺れる。音とすら認識しがたい大気まで破壊しそうな轟音。上方からだ。

「来たか……」

 すぐそばで吐息混じりの呟きが聞こえ、蒼白なクルサートルの顔が天井を仰いで歪んだ。



 ***



 禍々しい光景だった。

 地階へ上がり教庁の外へ飛び出て真っ先に目に入ってきたのは、どす黒い血を流したような空である。夕暮れの朱色に夜を告げる紫紺が迫るなか、カタピエの方角から薄汚い褐色が侵食してきていた。

 その暗色の源を辿っていくと、暗澹たる雲のようなものが柱状に上空へ上がっている。柱の根元はケントロクスの人々が日々祈りの言葉と共に望んだ聖地、セントポスだ。

「この惨状は」

「やはり、こうなったか……」

 息を呑むセレンの横からクルサートルの冷静な声が耳に入る。感じ取れるのは驚愕ではない。予測と諦念だ。

「嫌な予感は、していたんだ」

 呆然としているような述懐はセレンが疑問の視線を向けたせいなのか、それとも自ずから漏れた独り言なのか。

「珠が集まるごとに自然災害が増していた。アナトラの水害もそうだが、ここ最近頻発する地震もだ。もしかすると人が珠を手中にしていくのは、恩寵ではなく神の怒りを呼ぶのではと」

 災害の報告を聞くたびに重々しい鼓動が胸を打った。取り返しのつかない災禍を引き起こすことになるのではという予感と、計り知れない罪の重さに対する恐怖。

 しかし大国カタピエの介入が増し、すでに後戻りできないところまできてしまっていた。

 そして現に珠が集まってしまったいま、まごうことなき異変が神の地から起こり始めている。

「もし降るのが恩寵ではなく神の裁きだったとしたら……」

 言葉の続きはセレンには聞こえなかった。響き渡った雷鳴の轟きに耳を塞ぎ、視界を横切った閃光に目を瞑る。

 稲妻の線が落ちた方角を感知してぞっと背筋が凍る。

 それでも恐れながら瞼を開けると、遠方に見えていた濃灰の柱がいまや業火に包まれていた。

「セントポスが……」

 ひきつく喉から出た掠れ声に身まで竦みそうになる。しかし臆している場合ではない。

「早く救援を! さもないと総帥が……」

「無駄だ」

「何だって?」

 静かなひとことに振り向くと、碧い眼が感情薄く火柱を見つめている。この惨状を前にしているとは思えない、虚ろに冷えた目の色。

「セントポスに総帥はいない」

「どういうことだ」

 生気のない瞳を聖地へ向けたまま、クルサートルの口元が力なく動く。

「当代の教会総帥は空位だ。総帥は――とうの昔に殺された」

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