第十七章 契る友誼
契る友誼(一)
月の光というのは、薄明かりの中でも明澄である。
「私たちは――私は、信じたいと思う。権力を利用することなく、安寧が訪れるのだと」
「それが、珠を集める貴女の目的か」
疑問というより確認だ。どこまで話して良いか考え、セレンは言葉を選んだ。
「アンスルの神は大陸全土をお守りくださる存在だ。四神の珠が使われるべきは一つの国の覇権のためではないと思う。そうではなく、大陸全体にあまねく神の恩寵を下してくださるのが珠の力だと」
「神の、恩寵か」
意味を噛み締めるようにメリーノが繰り返す。
「カタピエに伝わる神話とはやや異なるのかもしれない。我々は神の力を手中にできるような文言で知っているが――とはいえ、それこそ不確かな話ではないのか」
「――そうかもしれない」
神の恩寵がどんな形をとって現れるのか、教庁に眠る書には書いていない。セレンはもちろん、クルサートルもそこまで確かなことは知らないだろう。ただし、神話の歴史は人の時代の前の歴史だ。
「でもあなたも言ったとおり、確実な方法はない。それに神の範疇である出来事はどう対処する? 確かに人間たちの行いから来る動乱そのものを直接鎮めるのが神の御力ではないのかもしれない。けれど、異常気象や自然災害は人の力でどうこうできる問題ではない」
人心までもを神が変えてくれるのならば、それは理想的だ。しかしせめて、戦乱に呼応するかの如く度重なって生じる天災が無くなれば、戦に駆り立てられる人の心も穏やかになるのでないか。
天の大神からの命を受け、四神は大陸を庇護し、神の恩寵をもって等しき平和がある。伝えられる文言は全ての命へもたらされる平穏を謳う。それが本当なら、何らかの救いはあると。
「信じたい。少しでも可能性があるなら、動かないよりも賭けたい」
いにしえの聖堂に降りる淡い明かりは、柔らかに祈りの場を照らし出す。欄干から落ちた彫像の面は弱く光を返し、歴史と共に老いた石肌の上で刻印が浮き上がる。
刻まれた願いの言葉は、幾代超えてもなおはっきりと在るべき世界の安寧を説く。
セレンの視線を辿って、メリーノは彫像の刻印を追う。
「神の恩寵による平和……か。最終的な目的は同じということか」
細められた目からは、奇蹟の顕現に対する心理は読み取れない。しばし黙したまま崩れた彫像を見つめると、メリーノは立ち上がった。
「かと言って私も我が国の目標をそう簡単に放り投げるわけにはいかない。ひとつ賭けをしないか」
「賭け?」
つられて立ち上がったセレンにメリーノの挑戦的な視線が注がれる。
「神の珠を眠りから醒まさせた方が、珠の持ち主になる」
弱腰のメリーノではない。初邂逅の時にセレンの素顔を見て浮かべた、興を帯びた表情。
ここはカタピエ領内だ。メリーノ本人が現れた以上、いまいる堂内に珠が存在する証拠が見つかったと踏んでほぼ間違いはないだろう。そして好ましいものを見つけたというこの笑みからすれば、すでに手中にする方策を知っている可能性は多分にある。
喜悦の混じる飴色の瞳がセレンの答えを待つ。
しかし、セレンには確信めいたものがあった。
「いいだろう」
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