縁の吉兆(五)

 公女の発した言葉が、一瞬で二人の緊張を高めた。

「不思議な、とは」

「わたしは新参者でうまく説明できませんわ。でも夫なら物知りですから遠慮せず質問なさって」

 クルサートルとセレンは顔を見合わせた。不可思議な炉があるという情報はケントロクスに入ってきていない。恐らくフラメーリが外からの客を呼ぼうという観光政策に積極的でないからだろう。そうした体制下で土地の名物がなかなか国外に知られにくいのはよくあることだ。

 だがカタピエ国の調査候補にフラメーリの名前があり、人間には不可解な事物があるなら逃せない。

「それは興味があります。具体的にはどんな不思議なのです」

「それはご覧になってからのお楽しみではいかがでしょう? わたしが言ってしまうと驚きが半減してしまうもの」

 小さく笑いながら秘め事を守る子供のごとく告げられると先を促しにくい。クルサートルは公女に聞こえないよう、セレンの耳元に顔を寄せて囁いた。

「着いたらできるだけ情報を引き出すぞ。珠と関わるかもしれない」

「私もそう思う。店だけでなくて溶解炉そのものを見せてもらって、場合によってはこの辺りの店に聞き込みも……」

 言いながら左右の道を見回したセレンは、そこで言葉を切った。どうしたのかとクルサートルが顔を窺うと、セレンの目がある一点を見つめて止まっている。

「何かあったのか」

 遠くを注視したままで頷きだけが返る。その視線の先を辿ると、一人の女性がいた。そばに伴の者も見当たらないが、身ごなしはまがうことなき貴人のそれである。

 自身も女性に目を留めたまま、クルサートルはいっそう声をひそめた。

「彼女に見覚えが?」

 濃茶の髪を緩く結い上げた女性の装いは遠目から見ても最上級の品だと分かる。服だけでなく髪飾りにも光る宝玉の煌めきがそれを証しする。ミネルヴァの用事で修道院に回るときには接触しない類の人間だ。

「カタピエ領主邸で会った。本人はメリーノの身内だと言っていたけれど」

 クルサートルは一瞬だけ目を見開いたが、立場上さすがというべきか、それ以上の動揺は現れない。

「それなら恐らく、メリーノの姉ではないか?」

「姉?」

 セレンには初耳だったが、邸宅内での女の態度は姉と言われれば納得がいく。

 現カタピエ公国第一子が長女であることは、よほど政治に深く関与していなければ知らないことだ。カタピエ公国領主は代々男系である。女子が生まれたとしても表舞台に立つことはなく、外政の場にはまず出てこないのが理由の一つだ。

 加えて、この姉は歴代の公女とは異なり、貴族勢力を牽制するために国内有力貴族に嫁ぐでもなければ、外国から婿も取らずに独り身でいる。そのため放っておいても害なしと諸外国の警戒対象にもならず、人物についてもほとんど知られていない。

 しかし外政に関与しないとあれば、逆に内部で重責を担っているとも考えられる。

「どうにも弟より掴み難くて隙のない印象がしたけど、彼女が来ているとすると」

「カタピエ側も動いている可能性が高いな。セレンは顔が割れている。遭遇する前に済ませるぞ」

 女性がこちらに気づいた気配はない。どちらの方面に行くか見極めようとしていると、道の先から公女が二人を呼んだ。

 行き交う人の中、自分たちとは違う方面へ女性が進んでいくのを確かめて、クルサートルとセレンは公女の元へ急いだ。

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