擬態する私
月見トモ
第1話 振りほどく
私達は人で在る前にひとつの文字である。
『でさー、ムカついてブロックしちゃった』
『随分早い判断だね』
『男選びは慎重になってらんないよ』
文字、それは言葉の記号。その記号の集まりで出来たものが小説や音楽でありそしてこの世界。
この世界は残酷な一冊の小説で出来ていて、私たちはその小説の文字として生きている。たった一文字が無くなったって誰かが勝手に想像して、穴埋めをして、その後も物語は進んでいく。違和感が残る小説になってしまうけれど、代わりなんて無くても完成してしまうのが現実。
『あんた嫌いだもんねああいう人』
『別に嫌いってほどでもないけどさ』
『なにそれ、でも結局面食いなのは変わらないんでしょ?』
『まーね?』
この世界では多くの文字が並び、連なったり、はぐれたりする。しかし、隣合う文字たちが必ずしも仲良しとは限らない。【愛】、【楽】
また、正反対と言われる文字たちが必ずしも反対とは限らない。【生】、【死】
『
『あー、まぁ振られてショックだったけど、あの人の元カノが
『湊?! 湊はる?!笑 やっば趣味悪いわぁ』
この世界には数多の文字、生命が蠢き、今日も息をしている。
『ねぇ?
何気ない小説の一文字として生きる私達は、特別な一文字になることを夢見ている。
『あー……趣味……悪い、ね』
文字である私達は夢を持つ。
努力をする。
挫折する。
隣り合う文字になってみる。
一瞬の悪さを企む。
愛を育む。
物事を深く考える。
他者と衝突する。
自己肯定に必死になる。
忘れる、忘れられる。
息をすることを、忘れる。
何かの一文字になろうと必死に藻掻いて、必死に何かを探していた。そんな風に生きていたら、どんな一文字にもなれずに、今日まで来てしまった。
『莎鳥も可哀想だね、湊とサークル同じとかさ』
『ホントだよ、ストレスヤバそう』
『いや………そんなことないよ』
【春】と名付けられた彼女は、きっと冬が舞台の小説には出てこないだろうしきっとお呼びではない。
【冬】と名付けられたあの子は、夏が舞台の小説には違和感しかない存在だと思う。
『本当に湊ウザイよねー。立派にアドバイスなんてしちゃってさ。彼氏持ちが首突っ込むなっての』
『あはは、そうだよね……』
私達はいつも、隣の文字を気にしていた。違和感なく社会に溶け込めるように別の文字になって偽った。
【幸幸幸幸幸幸辛幸幸幸】
いつも、どうか気づかないでと願った。
『アイツのぶりっ子もしんどいて笑』
『キャハハ!!!! わっかるぅ!』
本当はもっと早く気づくべきだった。
この場所が私の居場所では無いことに。
昔、同じクラスの文字たちと仲良く出来なかったのも、バイト先で馴染めなかったのも全部私がその場で生きる文字ではなかっただけだ。
今も、きっと。
『『あ、湊きた……ヒソヒソ』』
『楽しんでる所ごめんね。莎鳥ちゃん、私これから講義室行くんだけど、一緒にレポートやらない?』
『え、莎鳥いくの?』
今までずっと、隣合う文字と仲良くしたくて自分の文字を変換して、取り繕い無理やり物語を変えてきた。
『ごめん』
私たちはそのままの姿、文字で、生きる場所があるはずだと信じたい。
『ごめんみんな、行こう湊ちゃん』
私たちは人で在る前にひとつの文字であり、擬態する文字であり、幸せを追い求める、ただの文字である。
【擬態する私】完
擬態する私 月見トモ @to_mo_00
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