第25話

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パスタのつぶやき








 と、まぁこんなところだ。

 長い話になったが、別に忘れてくれてもいい。

 あくまで形式上話さなきゃいけなかったんでね。

 ……質問? なんだ、答えられるやつにしてくれよ。借金? 借金ってなんだ?

 ……ああ、俺達シアンはな。オーナールージュに借金のある奴の集まりなんだ。うちのオーナーが金貸しやってるってのは知ってるよな?イカれた話なんだが、オーナーの金貸しってのはどうやら道楽らしくってね。本人曰く人間観察するのにはちょうどいいらしい。金を貸しても返してもらうことに関してはあんまり頓着がないから、たまに取り立てに外部の人間を使ったりしている。

 それぞれどういった経緯の、どういった用途で使った借金かは興味がないから聞いてないけどな。何千万単位の借金だ。

 元々、他の闇金でしていた借金ばっかりで、返済の為に奴らの技術が使われてたって訳だ。その借金を肩代わりしてやる代わりにシアンに手を貸せってこと。

 ニューハーフは芝居なのかって?

 ああ、うん。俺はな。

 だが、ニャンニャンを除く他の連中は正真正銘のアレだ。オーナーがわざわざニューハーフばかりを選出したらしい。なんでも「絶対に裏切らないから」とのことだ。俺には理解出来ないがね。シアンの仕事で儲けた金はほぼ強制的に借金返済に充てられるが、普段のマゼンタの仕事での収入は、好き勝手使ってやがる。呑気なもんだ。

  俺の借金? ……厳密に言えば、俺のは借りだ。

 フィリップ……いや、オーナーとは古い付き合いでね。マフィアで知り合った。

 【ある出来事】がきっかけでね、今の関係になってる。いやいやいやいや、思い出させないでくれ。気が滅入る。

 いいか、あいつにだけは騙されちゃダメだぜ。保母とかしてるのかもしれないが、あいつは悪魔だ。俺はいつかあいつの元から自由を取り戻してやる! 言っておくが、あいつは小奇麗にしているが正真正銘の男だからな。気を付けておいた方がいい。

 そう、そうだ。その反応が正しい。間違っていない。

 とにかく、今回は相手が間抜けで詰めが甘かったおかげで、なんとかなった。

 ん、オーダーは失敗したんじゃないのかって?

 言っただろ、“最低5億”持って帰るのが俺の仕事。

 残りの30億は、ありゃおまけだ。持って帰れたらラッキーってレベルだな。

 ピンクサファイアについて?

 ああ、このビルは全部オーナーの持ち物だからな。3階も2階も、有事になれば好きに使えるのさ。こんな仕事してるからな、ホステスへの顔も広い。ちょっと奮発してやれば、ヘルプくらいいくらでも手配できるってことだ。 

 ……依頼人について?

 さぁ、それは俺も分からないね。名前だけさ、俺が知っているのは。後は、依頼人本人に聞くんだな。

 さぁ、俺は全部話したぜ。

 それと、おたくら悪いけど戸籍上は死んでもらったから。これ新しい名前と、戸籍ね。 家族とか友達とか、まぁ色々あるだろうけど。なんとかなるだろ?

 じゃあ、今度は安い金で買われないように、しっかりと生きるんだぜ。もう会うことはないだろうけど、いつかこの辺に来たら酒でも作ってやるよ。もちろん、織姫としてな。なんだよ、別にうちは男の客限定じゃないぜ。女性も歓迎だ。実際にたまに来るしな。その時は、最高の笑顔とサービスで迎え入れてやるよ。



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ゴールデン・レトリバー








 映画『ティファニーで朝食を』をご存じだろうか。

 伝説の女優、オードリー・ヘプバーンの数ある名作の一つである。『ローマの休日』ではキュートなプリンセス役がハマりにハマったが、この映画では悪女に扮したヘプバーンが見れる。しかし、ここで私が紹介したいのは、そういったヘプバーンのことばかりではない。全体に漂う柔らかい空気感、要所要所で流れるムーンリバーが、見ている者の胸をキュウと締め付ける。悪女で男を騙し続けていた女が、本当に恋をしたとき。果たして憧れのティファニーは彼女に取って、本当の意味で必要な物であるのか。

 そんなことよりも、私と踊ってはくれまいか。ジルバならば得意である。さぁ、さぁさぁ。

 さて、ここから先は退屈な大団円である。

 だが、これ以上のエンディングは古今東西を見渡しても無い。それほどに、いくら退屈であってもハッピーエンドというものは、素晴らしいものなのだ。諸兄方にはもうしばらくの間お付き合い頂きたい。

 それでは、ご覧頂こう。






 マリー……、船越ゆりは【へいせい託児所】へと来ていた。年中無休24Hのこの施設は、主に水商売の女性から重宝されている。いつ来ても数人の子供たちがいるのだ。

 ゆりがことぶきとたからと別れたのも、この【へいせい託児所】だった。

 昨日のことのように思い出すのは、別れの時の二人の顔。くしゃくしゃにして泣く妹のたからを、泣くのを堪えてなだめる兄のことぶき。自分も、一人で子供を産み、この託児所の世話になった。だが、ホステスがたった一人で子供を二人も育てるには、時代は冷たかった。金銭の余裕も、時間の余裕も、なにもない。今更昼間の仕事を探す暇もなかった。

 そんな中で出会ったのが垰山勝彦。

 えらく自分に入れ込み、愛人の誘いをしてきた。ゆりは迷ったが、「5億で自分を買うなら良い」と法外な金額の条件を出した。もちろん本気ではない。

 唯一の誤算は、相手がその額を出せる男だったということだ。垰山はゆりを【マリー】として買うことを決めた。ゆりを捨て、マリーになることを選んだのは、ことぶきとたからの為だった。このまま自分が無理をして二人の子供を育ててゆくことを考えたとき、果たして本当に自分は二人を幸せな人生を与えられるのだろうか? その疑問がマリーの決断を変形させたのだ。

 そうして、ゆりは園長に相談し、この施設でことぶきとたからを引き取ってもらうことにしたのだ。5億の入った通帳と引き換えに。

 普通の保育施設であれば、そんな条件は飲めるはずはない。……が、幸か不幸か、この【へいせい託児所】は裏稼業の人間との関係が非常に濃い。訳アリの子供を預かることが多いのだ。それはもちろん園長であるオーナールージュ=赤井千穂(仮)の方針でもある。

 ゆりは、5億と引き換えに自分の人生を売り、子供たちの将来を買った。

 ――もう会えないと思っていた。

 あの地下で生き、あの地下で逝くと思っていた。

「あ、お母さん! お久しぶりですう」

 ゆりに気づいたオーナールージュが話しかけた。

「あの……」

 言葉に詰まるゆりに、オーナールージュはニコリと笑いかけた。

「大丈夫ですよ。ちょっと待っててくださいね」

 オーナールージュが廊下の奥の部屋に入ると、「ことぶきくーん、たからちゃーん」と呼ぶ声がした。ゆりが子供たちを待つ間、少しばかり時を遡り、ご覧頂きたい。

 ――数か月前。

「園長先生」

 オーナールージュは、幼い声に呼び止められた。

「なあに、ことぶきくん」

 妹のたからの手を引き、ことぶきはおよそ子供が聞かないようなことを聞いてきた。

「お母さんを買い戻すにはいくらいるのー?」

「えっ?」

「お母さん、さよならしたときに、ことぶきに買い戻してって言ったの」

 オーナールージュは、少し悩んだが正直に答えることにした。

「そうね。10億円もあれば買い戻せるかしら」

「じゅうおくえん? じゅうおくえんって高いの?」

「そうね。すごく高いかな」

「じゃあ、じゅうおくえん、たからがだしてママに帰ってきてもらうのー」

 意味が分かっているのか、いないのか、たからは片手に抱いた人形を振り回して言った。

「先生、じゅうおくえん、ことぶきとたからにかしてくれる?」

「貸してくれる??」

「うん、大人になったら返すから! ママを買い戻すんだ!」

「……ええ、いいわ」

 オーナールージュは、ことぶきとたからの頭を優しく撫でた。


 廊下の奥からどたどたと賑やかな足音が聞こえる。この懐かしい、うるさい二つの足音にゆりは聞き覚えがあった

「ママ―!」

「ママァ!!」

「ことぶき! たから!」

 全身で2人の我が子を抱きとめると、強く抱きしめゆりは泣いた。

「うわあああああん! ママぁ、会いたかった、会いたかったよぉお!」

「ママー! たから、いっぱいピーマン食べたよ! にんじんさんも食べたよ! たからいっぱい嫌いなの食べて頑張ったからママ、帰ってきたもん!」

「偉い、偉いね、たから! 頑張ったね、賢いね、かっこいいよ! ことぶき!」

 親子3人は再び、家族として出会うことが出来た。そして、もう一度家族として出発することが出来る。

「ことぶきくん」

 ことぶきの後ろでオーナールージュが、なにかを合図した。散々泣いていたことぶきは、教室に走って戻るとクッキーの缶を大事そうに抱えて持ってきた。

「なにを……?」

 訝しげにそれを見守るゆりを背に、ことぶきは一心不乱に缶を開けようとしている。

「んしょ!」

 ようやく缶が開き、ことぶきはその中から分厚い段ボールで作った長方形のお札ほどの大きさの紙をユリに手渡した。ゆりはそれを受け取って、書かれた文字を口に出して読んだ。

「じゅうおくえん……?」

 その段ボール紙には、平仮名で【じゅうおくえん】と書かれていた。

「あのね、これでママを買い戻すんだ!」

「たからも! ママをかいもどすー!」

 その缶から、たからもおなじ段ボール紙を渡した。そこに書かれている文字は読めないが、おそらく【じゅうおくえん】と書いているのだろう。

「あ……、ああ……」

 たまらずにゆりは声を出して泣いた。どこからこんな量の涙が出るのか、というほどに泣いた。子供たちを抱きしめて、ずっとずっと泣いた。さっきまで泣いていたはずの子供たちは誇らしげに笑っていた。

「実はお母さん、私この子達に10億円を貸していまして……。返済をお願いしたいのですが」

 オーナールージュはこの場に水を差す、とんでもないことを口走った。

「え……?」

 困惑するゆり。当然である。

 私も怒りに任せてこのニューハーフ野郎を殴ってやりたい! 

戸惑うゆりを見て、オーナールージュは笑いながら返事を待っている。

「ごめんなさい……私にはそんなお金……とても」

 やはりなにもかも上手く、はいかないものか。ゆりがそう思った時だった。

「なにを言っているんですか。その手に持っているじゃないですか、10億円」

 オーナールージュは、ゆりの手に抱かれた段ボールで作った【じゅうおくえん】を指差した。

「10億円札を二つ……合わせて20億円も持ってるんですから。余裕ですよね?」

 オーナールージュの言葉に、ゆりはおそるおそる【じゅうおくえん】を手渡す。オーナールージュは、ゆっくりとそれを受け取ると、ゆりを見詰めた。

 やっぱり冗談のつもりだったのか、とゆりは冷たい汗を流す。

 オーナールージュは、ゆりを見詰め続けてる。そして、

「毎度あり」

 そう言って笑い、ゆりに封筒を渡した。

「船のチケット。明日の10時出発です。行先の苦情は受け付けませんよ。では、また遊びに来てくださいね。“10億のママ”」

 3人の親子は、深く頭を下げると手を振るオーナールージュと【へいせい託児所】を背にした。


「お前、偽善者なのか? それとも今までの償いか?」

 オーナールージュの背後から、パスタが声をかけた。

「さぁ、それは君が決めてくれ。壮介?」

 ふぅ、と溜息をついてパスタは、空を見た。不意に戻ってくる足音。この小さな音は、子供の足音だ。

「どうしたの? ことぶきくん」

 戻ってきたことぶきに駆け寄ると、ことぶきは「パスタおじさんにバイバイ言ってない」と言った。

「律儀な性格なんだねー、ことぶきくんは」

 思わずオーナールージュは笑った。ことぶきの姿に気づいたパスタは、ニカッと笑って軽く手を振った。ゆりが来るまでの間、パスタは教室で子供たちの遊び相手になっていたのだ。

「あのね、先生」

「なあに」

「パスタおじさんが言ってたんだけど……」

「ん」

「先生が本当は男だって、本当?」

 オーナールージュは、ことぶきの唇に人差し指で「しーっ」と言葉を止めた。そして、ことぶきの手を自分の胸に押し当てて言った。

「おじさんは、先生が男だって思ってる方が都合がいいんだよ」

 ことぶきは、掌を眺めるとオーナールージュの胸の感触を確かめながら、首を傾げた。

 少し先からゆりがことぶきを呼んでいる。

「さ、行ってきな。ママと暮らすんだろ?」

 大きく頷くと、ことぶきはゆりとたからの元へと走っていった。

 どういうことだろうか? オーナールージュは、男? ……女?

「さぁ、パスタ! トイレでセックスしようか!」

「なんで俺が男とやんなきゃなんねぇんだ!!」


To Be Continued

マゼンタ・マゼンタ








「それにしても30億燃やすって、どんな神経してんねん」

 明石家が、秋葉原48の格好で足を組みながら化粧をしている。前回のオーダーの話をしているらしい。

「結局うちらに得なかったんすよねー」

 サキがスタンドミラーでスタイルをチェックしながら、ケラケラと笑った。

「笑いごとやありんす。わっちは自前のパソコン一台お釈迦にしてりんすよ?」

 すっかり準備が終わったお菊は、キセルでたばこを吹かして、ほうじ茶をすすっている。

 ここはマゼンタ。開店前の準備風景である。

「……ね。(もう男の格好はしたくないね)」

「うわ、きゃりぃ。お前の聞き取れなさ、今日はまた一段とひどいな」

 それを聞こえている明石家もどうなのかと問いたい。

「今日はニャンニャン休みかー。なにしてんすかねー」

「どうせまた猫の玩具でも買いに行ってりんせんか」

 そんな会話に混じらずにきゃりぃにメイクをしてもらっているパスタがそこにいた。

「ちゃんと報酬はあっただろ」

 初めてパスタが会話に入る。

「報酬って、1人20万でありんしょ? オーダーのリスクからすると、ガキのこづかいにもなりゃしやせんしょう」

「うちなんて飲み代で消えたわー! 今時のホストクラブは一晩持たへんで、20万ぽっちじゃー」

 ブーブーいう明石家をそろそろ黙らせようかとパスタが考えていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「……わっち? しょうがありんせんね……」

 1人準備が終わっていたお菊が、来客応対をしに玄関へと赴いた。

「なんだ、またぬっしでありんすか……ちょ、勝手に入んなんし!!」

 玄関の方でお菊の焦る声が聞こえた。

「なんだ? 珍しくお菊が焦った声出してるっすけど……」

 サキが、その声を確かめに玄関の方へ立ち上がった時、急に入ってきた人影に吹き飛ばされた。

「ちょっと聞きたいことがあるの!」

 そこに現れたのは、名探偵糸井であった。糸井の目の前には、メイク途中のパスタが居た。数秒、目が合ったまま沈黙が続いた。

「て、天河……!?」

 信じられないといった表情で、名探偵は固まる。

「なんだこりゃ……」

 無表情だが、パスタも信じられないといった様子だった。

 周囲から溜息が漏れる。パスタはなにも悪くないが、誰もがパスタを見詰めた。

「やあ、みんなお疲れー! って今から開店だよね……って、誰?」

 最悪のタイミングでオーナールージュがやってきた。糸井の姿を見て、率直に思ったことを言う。

「ぴやあ!」

 ゴン、という鈍い音を鳴らしてサキが花瓶で糸井を気絶させた。

「ちょいと、どうすりんすか? これ」

 お菊が動揺した様子で帰ってきた。オーナールージュは、糸井が何者か、パスタから簡単に聞くと、少し考えた。マゼンタにいる連中はみんな、糸井を殺さなければならないかと、覚悟し始めていた。

「やっぱ、殺るしかないやろ」

「そう……っすよね……」

「あーー、無駄な殺生……気分悪いことこの上ないでありんすよ~」

「……ね。(パスタの正体知ってしまって、しかも他にもなにか掴んでそうだったからね。)」

「……」

 様々な意見が飛び交う中、さすがにパスタは殺すのは可哀想だと思っていた。だが、きゃりぃの言うように、正体を知られたら仕方がない。しかも、腐っても探偵だ。知られてこれから良いことなど一つもない。

「オーナー、決断してくれ。俺達はそれに従う」

 半ば覚悟をして、パスタは決断をオーナールージュに委ねた。

「う~ん、そうだね」

 オーナールージュは、考え込むと手を鳴らして言った。

「雇おうか。ここで」

 その場にいた全員が、ノリ突込みをするほど衝撃的な言葉を、オーナールージュは軽いノリで言い放った。

【新人入りました!】

 マゼンタの表の看板には、でかでかとそう書いてあった。LEDで七色に光る優れものだ。キャッチに出かけるのに、店から出てきた明石家は振り返ると、眉間に皺を寄せ「なんでこうなんねん」と呟いた。

 糸井は、みんなの説得には難色を示したが、パスタの一言にあれこれと文句をつけながら快諾した。パスタの女装姿にはショックだったようだが、どうやら近くいられることが嬉しいらしい。

「ニューハーフ顔だって思ってたけど、まさかまっこと入店しやんすとは……分からんものでありんすなぁ」

 呆れ顔で、お菊は新しい仲間に溜息をついた。

「あの調子だと、いつかシアンにも加入することになるんじゃないっすか?」

 ひそひそとサキがきゃりぃに耳打ちする。

「……ろうなぁ。(ニャンニャン、驚くだろうなぁ)」


「お客様ご来店です~」

 糸井の声が店内に響く。意外とノリノリではないか。

 カウンターから、織姫が客を迎えた。


「BARマゼンタへようこそ」


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BARマゼンタへようこそ! 巨海えるな @comi_L-7

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