第24話





 さて、すっかり物語から放置されている垰山親子が一体、どこでなにをしているか、見てみよう。

 ここは、TOHGEご用達のプールバー。

 親子水入らずで酒を飲んでいるようだ。これが本当の呑気という奴であろうか。

「恨むよパパ……」

 TOHGEはカミカゼを煽り、父に恨み言を言った。

「ははは、すまんすまん。だが仕方がないだろう!? 過激派の連中に襲撃されるとあっては、お前の身にも危険が及ぶ。一緒にいるのが一番安全じゃあないか!」

 一方の父・垰山はバーボンを手にして自分の置かれている状況も知らずに笑う。

「自分の居場所がしれないようなところに身を隠したかっただけだろ。

 おかげで織姫との夜が……」

「織姫? なんだ七夕はまだ遠いぞ。お前もそんなイベントをするような安い店で遊ぶのはやめておけ。お前はスターアイドルなんだぞ」

「スターアイドルって、もう言い方が古いよ。これは貸しだからね」

「貸しか、ならばお前にある貸しを精算してもらうとするか」

「汚ねー!」

「親子は似るもんだな。ふっはは」


『♪』


 携帯電話の着信音、その音に反応したのは垰山の方であった。

「もしもし。ああ、さっきの刑事さん! それからどうなりました? 

 それはそれは! ご苦労様です! ……はい、……はい」

「なんだって?」

 TOHGEは、垰山が電話を切ったのを見計らって尋ねた。

「ああ、無事片付いたそうだ。大事には至らないと。だが、安全を重ねる為に今夜は自宅以外で泊まって欲しいらしい」

「よかったじゃん」

「それじゃ、綺麗な女のいるところにでもいくか!」

「冗談じゃないって! なんで父親と一緒にそんなところ……」

「ツレナイこというじゃないか! え? はっはっはっ」

 やたらテンションが高いのは、知事選までにトラブルが大きくならなかったことへの安堵からだろう。その日の垰山は少し深くまで夜を楽しんだ。

4月21日――。

 垰山は朝7時に事務所へ行った。

 今日の予定は、10時、12時、14時、18時、20時と5回も各駅前などで演説があるハードスケジュールだ。明日はいよいよ知事選挙当日、目を瞑っていても当選は確実の自信はあったが、長い政治生活の中で垰山は、そういった油断こそが大敵だと知っている。

「よし、今日も頑張っていくか!」

 車を降りる際に垰山は掛け声を出し、颯爽と降り立った。

「やぁおはようみんな!」

「おはようございます!」

 職員達の挨拶が返ってくる。今日もなんら変わらない、普通の朝だ。

「うむ、いいよいいよ。良い朝だ。……ん、副所長はどうした?」

「今日はお休みです」

「休み? こんな大事な時期に休みだと!? ……体調でも壊したか」

 垰山は「まあいい」と、一人で納得すると今日のスケジュールの確認をする。

「最初の演説は……伊右衛門だな」

 垰山の街宣車がエンジンをふかして発進するのを、向かいの道路に止めた車の窓から荒崎と狭山が見ていた。

「いいんですか? 泳がせておいて」

 狭山が呆れてはいるが、もう慣れてしまった表情で荒崎に尋ねた。

「いいんだよ。恐らく、演説中に事は起こる。そうなれば……」

 荒崎はそこまで言うと、狭山に荒崎の乗せた街宣車を追うように命令した。垰山を乗せた街宣車は、伊右衛門町から最寄りの駅にあるバスロータリーに止まった。今日は警護に荒崎はいない。ある狙いがあったからだ。警護には立たないが、その演説の様子を荒崎は車から注意深く観察していた。荒崎の狙いが正しければ今日の演説スケジュールのどこかで、それは起こる。

「どうも! 垰山勝彦、垰山勝彦です! まだ知事じゃありません、知事になるのは、明日です」

 今日はラストスパートからか、いつもよりも饒舌な印象であった。よく喋る男というのは、どの映画でも序盤から中盤で死んでしまうが、この男は大丈夫であろうか。……エディ・マーフィーとクリス・タッカーは、死ななかったことを思い出したが触れないでほしい。

「本当に来るんですかぁ? 荒崎さん」

「お前、俺を信じてないのかよ」

「いや、信じてないことはないですけど……そりゃ黒い噂は聞いたことありますけど……噂の域を出ないですし」

 いつでも出動できる位置で、荒崎と狭山は垰山の演説を見ながら話した。

 今日はまた一段と『カジノ』という言葉が飛び交っている。外国人観光客などが聞いたらなんの演説か理解に苦しむことだろう。

「私が知事を務めさせてもらうことになれば、皆様の暮らしの安全も保障致します! まずは暴力団の根絶! 子供やお年寄りが安心して生活出来る都市を……」 

 垰山のトークが最高潮に達した時だった。 

 黒いベンツが通行止めのコーンとテープを突破して、演説途中の街宣車の前にタイヤを鳴らして止まった。続いて、1台、2台、3台……最終的には7台のベンツがそこに集結した。

「な、なな……」

 その光景にさすがの垰山も動揺する。手に持ったカリフラワーのような複数のマイクを落としそうになりながら、「何事だ」と叫んだ。垰山の演説を聞きに来た群集は喧騒に包まれ、場の状況を理解出来ている人間など、荒崎を除いては誰一人としていなかった。

 そして次々とベンツからスーツ姿の男たちが降り立つ。ホスト風の男や、格闘技をやっていそうな屈強な男、恰幅の良い中年、その中に混じって坊主頭の背の高い男が、一人高い位置で群集を見下ろす垰山に叫んだ。

「垰山ぁあ! てめぇどう落とし前つけるつもりだ!」

 マイクやスピーカーなしでも充分に通る声で、坊主頭の男……常山武虎は垰山を恫喝した。

「つ……常山の倅(せがれ)……」

 垰山が呟いた言葉は、マイクを通してスピーカーから漏れる。

「し、しまっ……」

 垰山は、警護にあたった警官の先導で急いで街宣車から降りようとするが、構成員達に先回りされ、降りることが出来ない。

「垰山ァ、てめぇ盗まれたカジノの金どうするつもりだァ!! お前の管理下だったはずだろうが! えぇ、甲斐谷の野郎を椅子に座らせたのはてめぇだろうが!」

「や、やめろ……カジノなんて私は知らない」

  武虎から【盗まれたカジノの金】という言葉が出たのが気になったが、今の垰山にはそれどころではない。大事な演説の途中での招かざる訪問者、しかも誰よりも一番来てもらっては困る人間、常山組。表沙汰にならないように、コンタクトを取るときはプレイアロー地下4階のゴールドでしか会わなかった。だから、噂はあっても証拠を押さえられることは今までなかったのだ。

 だが、ここで常山が垰山を名指しで責めると、その関連が立証されてしまう。垰山グループの目の上のたん瘤であり、それこそがなによりも恐れたこと。公共カジノは彼らと縁を切れる絶好の口実でもあった。もうすぐでその夢と野望に手が届く。こんなところで邪魔をされる訳にはいかないのだ。

「カジノなんて知らない! か、帰れ!」

 当然その言葉に武虎は更に激昂した。

「そんな言葉が聞きたいんじゃねぇ! どう責任取るつもりかって聞いてんだよ! プレイアロー地下カジノはお前とうちらの共同出資だろうが!」

「……なっ……!! なにを……っ!!」

 スーパーマリオブラザーズをご存じであろうか?

 ファミコン世代の諸兄ならば、遊んだことのある方も多いことだろう。あのゲームのゲームオーバー時に流れる、コミカルながら【これで終わりだよ】というメッセージが全力で発信されるジングル。そう、そのメロディを思い浮かべながらこの上記台詞を読んで欲しい。きっとお楽しみ頂けるだろう。

 街宣車の下で待ち構える構成員の男を何人かの警官が取り押さえた。そして、連行される男の代わりに垰山を見上げる荒崎がいた。

「垰山さん、ちょっとお話お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……ば、馬鹿な……」

 動員された多数の警察機動隊の活躍で、あっという間に武虎達は連行された。この模様は、全国に中継・報道され、垰山は常山組との関連を言及されることとなる。 

 なる、が、これ以上の中年とやくざとのすったもんだを語るのは、私にとっても不本意なのでここまでにしたい。

 定期的に女性が登場するようになって、安心していたのだが、『バウンド』を紹介してからは全く出てこないではないか。私の士気という物も考慮して頂かないと、いささか……割愛しよう。ともあれ、今回のBULL(ターゲット)である垰山勝彦は、熱いお灸を据えられた。当然、前代未聞の逮捕劇のおかげで彼の知事選も借金だけを残し、中断された。


「で、あの夜はなにしてたの?」

「いや、だからピンクサファイアってクラブにいたって!」

「証明してくれる人間、いる?」

「ピンクサファイアの織姫ってママに聞いてくれよ!」

 TOHGEは、常山組に拉致され、あの夜について聞かれていた。このやりとりは何度かしたが、堂々巡りで全く話に終着点がない。

「だからよぉ、あのビルにはピンクサファイアなんて店はねぇの! いいか!? あそこのボロビルは、2階が【スナックまよい】、3階が【クラブカテジナ】、4階は【BARマゼンタ】、分かるか? お前、アイドルなんだろ? もっとマシな嘘つけねぇのか!?」

「違う、俺は本当に……店の名前を間違えているのかもしれない、とにかく織姫を……」

 呆れた様子で、チンピラAは縛られたTOHGEに唾を吐いて言った。

「織姫ならいたよ」

「ほら、やっぱり!」

「でも織姫ってのは4階のマゼンタのママだ」

「マゼンタ……!? そ、そうかじゃあ、そのマゼンタのママだ!」

「残念だがよ、そいつは絶対にありえねー」

「なんでだ! 連れてきてよ! 頼むよ!!」

「マゼンタはね、ニューハーフバーなんだよぉ~~。従業員全員男なんだよぉ~」

「……へ!?」

 バカにしたようにチンピラがそう答えると、TOHGEは絶句したまま動かなくなった。チンピラAは、周りに誰もいないことを確認するとTOHGEに耳打ちする。

「あのさ……実は、俺こっちもイケるクチでさ……」

 そう言ってTOHGEの股間をまさぐる。

「………………ッッッッ!!!!」


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