第19話

【この戦争を終結に導いた功労者といえば、やはりアーレア・ピースグリーンバード国王であろうか。自らも戦士として戦地に赴き、戦火の中で右腕を失うもそれを名誉の勲章として掲げ、その後も戦意は衰えるどころかより増したと言ってもいいだろう。

 激化する戦争の中、王妃であるリリ・ピース女王も夫の力になりたいと、数々の戦地を訪れキャンプを訪問し、傷つき疲弊した兵士たちを歌と笑顔で激励した。

 その聡明で美しい姿は、兵士たちの心を射ち、やがて彼女を象徴とした平和的同盟『ヴァルキリーサークル』が発足。このころからリリ女王は、新しいモデルの英雄としてもてはやされた。

 各部隊では、リリ女王をヴァルキリー(戦乙女)として戦いの女神。……即ち信じるものとし、戦いに向けての士気を高めたのだ。

 その恩恵なのか、ヴァルキリーサークルに加盟した部隊に所属する兵士たちの生還率が劇的に上がったというのもまだ記憶に新しい話であろう。


 しかし、この戦争が決着するきっかけになったイリアルム・シュークリーム戦線で誰も予想にしなかった悲劇が起こる。非情なBWの弾丸が彼女を貫いたのだ。

 アーレア将軍をはじめとしたAP軍兵士たちの懸命な救助も虚しく、リリ女王は女神のままその生涯を終えた……。】

【その後、イリアルム・シュークリーム戦線でBWの兵力は著しく低下し、これ以上の戦闘は不可能かと思われた。だが、余力無くしても戦うとBWからランスという兵士が宣言し、決して武器を下ろそうとしなかった。

 これ以上戦火を長引かせ、犠牲を増やすわけには行かないAP軍執行幹部は日夜会議を重ね、苦渋の決断を下した。

 BWの代表であるコフ・マッケイン始め各兵士たちが潜伏していると見られるダウンタウン跡基地に核ミサイルを放ったのだ。

 かつて大きな川を一本隔てて存在したサウザンドヒルだが、BWの攻撃によって壊滅した。奇しくも初めてBWに壊滅させられた都市の傍で、彼らは滅んだといっていい。


 この戦争は、BWの愚かな思想から生まれ、多大な兵と市民の犠牲を払った。我々はこの戦争の経験を胸に、決して後世に戦争を引き継いではならないことを改めて気付かされるのだ。

 我々はリリ・ピース女王と犠牲になった全ての人たちに誓わねばならない。手に入れた平和を手放さず、戦争のない世界を作り上げるということを。

 それが、兵士でもないのにその命を捧げた勇敢な女神……リリ・ヴァルキリーに約束できる唯一のことなのだから。      ジョージ・ドーバ 】

【ジョージ・ドーバ】と署名をし終えた俺は、この原稿を見直すこともせずにケツで温めたスキットルのキャップを外し、コニャックで喉を熱くした。



 これで食ってるんだ。



 いくらいい加減な俺でも原稿を上げた時は見直しくらいはするさ。



 そんな俺だのに、原稿を見直すことなどしなかった。



 見直す気も起きなかったからだ。



 ホテルのベッドに背から倒れ込むと、寝ながら煙草に火を点ける。



 天に召されていくように立ち上っていく煙。



 ――お前たちは、世界を変えたのかい。



 今はもういない、二人の英雄と女神。



 世界はなにを失ったのか。世界は失ったことでなにかを得たのか。



 それとも、世界は何も変わらなかったのか。



 俺がアーレアの拘束から解かれたのは、間違いなくリリのおかげだろう。



 俺は、リリを殺すことが出来なかった。



 それが例え、偶然出会っても……だ。



 そして、殺すはずが逆に俺が命を救われたって訳だ。



 煙草の灰が落ちて、俺の顎から胸へと転がり落ち、慌てて俺は立ち上がって胸を払った。



 マークは34発、リリは15発の銃弾を浴びて死んだ。



 あれほどまでに銃弾の当たらない戦神と、無傷で帰る舞台を率いる女神。



 その顛末とは、余りにもあっけないものだった。



 だけど、そのあっけなさが俺達を正気にさせたのだ。



 ――人は死ぬ……と。



 

 こんなにもシンプルなことに、俺達は感覚が麻痺していた。



 ……いいや、俺はほかの連中よりも少しだけ先に気付いていたのかもしれない。



 アオが地雷を踏んで足を吹き飛ばされたって、それを聞いた時……俺は生きた心地などしなかった。



 足を失った息子の姿を見た時、神などいない。



 そう思った。



 だが、アーレアから条件を出された時、俺は思い直したよ。



 神はいたって。



 しかし、神様がもしも本当にいたとするのならきっとそれはマークとリリだったのだと思う。



 あの二人は、俺達が彼らという神を信じなくなった瞬間に人に戻ったのだ。



 そして、人として、人が起こした戦争の中で、人が人を殺すためだけに作った銃弾を浴びて死んだ。



 神は、死んだのだ。


 アーレアから解放された俺は、イルカのところにも行かず、息子のアオにも会わず、迷わずBWの本拠地へと向かった。



 そして、マークと会った。



 俺がしてしまったこと。そして、リリに起ころうとしていること。戦争がどこに向かおうとしているのかということ。



 全てを打ち明けた。



「ヤキが回ったな」



 全てを話し終えた後、マークはぽつりと一言言った。



 殺されても仕方ない。だが、贖罪になるのか分からないが、自分の犯した罪を少しでも償いたいと思いマークを訪ね打ち明けた。



 けれどマークは、「悲しいとは思っているさ。だけど、ジョージ……お前を憎もうだとは不思議と思わないんだ」と言った。



「それよりも感謝している。イリアルム・シュークリームの戦線にリリが参加すると教えてくれて。きっと、そこが俺の墓場になるだろうな」



「何を言ってんだ!? 俺はよぉ、心中してくれって言いに来たんじゃねえ、リリを助けてくれって頼みにきたんだよ!」



「お前こそ何を言ってるんだ。リリも、俺も、もう救われている」



 多分、俺はその時「はぁ?」と間抜けに聞き返した気がするが余り覚えていない。



「このなんの不自由もない世界で、俺達は出会った。そして、愛して愛し合いながら死ねる。これってさ、人として死ねるって思わないか?」



「驚いたなマーク。お前は無神論者だと思っていた」



「ああそうさ。俺は自分の目で見たものしか信じない。神なんてものは、目で見えるものじゃないだろう? けど、いた。目に見える神が。困ったもんだ」



「……」



 アーレアから受けた拷問でつけた口元の傷が痛む。



 まるで、俺の胸に刺さった罪の棘が大声でがなっているようだ。



 

「……マーク、この戦争はお前にとってなんだったんだ」



「戦争の意味? ……なんだろうな。考えたこともないような、ずっとそればっかり考えていたような。

 でも、俺達は戦争に翻弄されたんじゃない。迷える世界に翻弄されたのさ。俺や他の仲間がいくらこの戦争について考え、なにかを唱えたところで戦争は止められはしない。

 なぜなら俺達は戦うことが仕事で、政治をすることではないからだ。

 仮に「もう戦わなくていいから政治をしてくれ」と言われても俺には出来ない。だから俺はな、一兵士で良かったと思っているよ。

 俺は俺の出来ることをやるだけさ。その中で、俺はたまたまリリを愛した。たまたまリリが敵の国の女性だった。人と人が出会い愛し合うことなど、この世の何に於いても一番自然なことなのに、だ」



 マークは、優しい顔をしていた。



 その顔を見て、俺は悟ったのだ。



 この男は、自分の最後の時を知っているのだと。



Q.戦争が決着すれば、世界は変わると思うか



「さぁな。そんなことは分からない。だが、リリの教えでいうのならこうだ。俺とリリが手を繋ぎ、空いている方の手でまた誰かと手を繋ぐ。そうして出来上がった輪が、地球を一周した時……争わない世界が来るのかもしれない。

 俺はそれを信じなかったし、バカなことを言っていると思っていた」



「今は?」



「信じるよ」



「ジョージ、お前はグリーンバードに戻って俺と会ったことを記事にしろ。嘘を書いていい、どうか生きていてくれ。俺とリリを知るたった一人の男として。誰にも何も、語らなくていい、俺達が生きた世界がその後どこへ向かってゆくのか。見守ってくれ」



 マークは言った。



 世界がどこへ向かうのか、見守ってくれ……。と



 ……マーク。



 世界は変わったのだろうか。



 俺には分からない。



 だけど、お前の言った通り、俺は生きるよ。この世界をどうにか生きるよ。



 AP軍が核を落としたことで、BWの代表であるコフ・マッケインは敗北宣言を呈し、長く続いた戦争は終結。



 だが、どれだけ道義的な理由を掲げたところで、核を使用したアーレアの立場もそのままではいられなかった。



 AP軍を形成していた同盟国の数々から非難を浴び、終結後すぐにAP軍は内部から分裂することとなり、アーレアのグリーンバードと賛同した数国は軍事国家とレッテルを貼られ、和平機関から監視されることとなった。



 それを不服としたグリーンバードと傘下の各国から、度重なる会談を踏まえるも第二の戦争は免れないと言われている。



 戦争の引き金を引かれることを心待ちにしているのは、皮肉にもBWの同盟国である一国。


 

 兵器を開発・量産することに長けていたこの国は先の戦争でもBWに大いに貢献した。そして、今分裂したAP軍がもう一度戦争を起こすことを待っているのだ。



 もしかすると、この戦争はまだ終わっておらず、この先も終わることはないのかもしれない。



 だとすれば世界はなにも変わっていないのではないか。



 世界がなにも変わっていなければ、お前達が死んだのは無意味だったのではないか。



「無意味な死なんてないわ」



 リリの言葉が脳裏に浮かぶ。



 そうか。貴方はいつもそうだったな、リリ女王……いや、リリ・ピース。



 ピースを背負った女と、ウォーを背負った男。



 二人の運命的な出会いとはなんだったのか。



 それはきっと、運命でもなければ奇跡でもないのだろう。



 どこにでもある男と女の、平凡な出会い。たったそれだけなのだ。



 

 胸のポケットから一枚の写真を取り出し、それをホテルの天井からぶら下がった電球にすかすように見詰める。



 元気になったアオとイルカの写真だ。



 あの戦争からもうどれくらい経ったか……。



 足を飛ばされ、死も覚悟した最愛の息子と、妻。



 この二人のために俺は、全てを裏切り、敵に回そうと思った。



 結局、それをやりきれなかった俺は、拘束され死を約束されたが、リリという女神のおかげで助かることができた。



 命を拾った俺はなにをすべきだろう。



 ジャーナリズム精神に乗っ取って、全ての真実を世に出すのが本来なのだろう。



 だが、俺は失いかけた幸せをもう手放したくはない。



 だから、マークとリリの死を棚に置いてまで、真実を捻じ曲げて捏造した記事を書いてまで生き永らえようとしている。



 そうしてもらった金で息子の治療費を払い、飯を食い、生きてゆく。



 すまないマーク。すまない、リリ……。



 常になにかに迷っている目をしたマークと、いつもまぶしく笑っていたリリ。



「……俺はコミックよりもノベルの方が好きでね。元々はパール・ジャクソンのSF小説に憧れてライターになった。ジャーナリストになった今に繋がった大切な想い出さ」



 誰も聞いちゃいないが、俺は笑ってそう呟くとホテルの窓を開けた。



 冷えた風が吹き、湿気が部屋中に充満する。



 町は雨に濡れ、空は灰色だったが俺は濡れるのも気にせず空を見上げた。



「この空はブルー……真っ青なブルー、だな」



 晴れていても、いなくても、この空の奥に広がるのはどうしようもなく青いブルー。



 どの空にも、どこの国の空も、この空に繋がっている。



 まるで、人と人が手を繋いでいるようじゃないか。



 さきほど書き終えた記事を乱暴にカバンへ詰め込むと、新しい原稿に俺は夢中で書き殴った。



 一人の男と、一人の女が出会い、世界を変えるお話。



 いつ発表出来るかわからない。



 だけど、いつか誰かにこれを託そう。次の幸福世代へ。



 

 マーク、ここは世界の終わりか?



 リリ、ここが世界の始まりか?



 



 ともかくとして、ペンは剣より強しだ。



 いつか俺が世界を変えてやる。……違うな、お前達が世界を変えたことを証明してやるさ。



 天使と悪魔が愛し合う世界。それすらも夢じゃなくなるよう。



 

 ……最後だ。



 記事には使えないが、イリアルム・シュークリームで命を取りとめたとある兵士の話を紹介しておこう。



『……私はオシロといいます。イリアルム・シュークリーム戦線では、クレイズイ部隊に所属していました。先行隊で会った為、攻撃部隊の戦闘にいたところ白いドレスを身に纏ったリリ女王が飛び出してゆくのを見ました。

 不謹慎かもしれませんが、戦地に於いてその姿はまるで天使のように美しく、見蕩れてしまいそうでした。そして、すぐ後敵兵の一人と抱き合ったのです。

 銃弾と砲弾の飛び交うなか、それらが彼女らを避けるように、二人は愛し合っていて……異様な光景だったことを覚えています。


 ですが、まるでそこだけが聖域であるように光を集めていて……。私は武器を持つ手が震え、持っているのがやっとでした。構えて撃つだなんてできません。ただ、この戦場が少しでも早く終わってくれることだけを願っていました』



 ――何故、軍をやめた?



『……いつかリリ女王とお会いした時に、約束したのです。戦争が終わったらランチに付き合ってくれ、と。そこでニックについて話そう……と。

 それは叶いませんでしたが、不思議と私はリリ女王とまた会えるような気がして……。

 非常識な話かも知れませんが、彼女と再会した際、私がまだ軍属にいたら悲しむのではないかと思いまして……。笑ってください』



 オシロは笑うと、少したるんだ腹の肉を見せ、戦争に関わっていないことを誇らしげにそう言った。















あとがき








どうも神威遊です。


最後まで『真っ青なブルー』を読んで頂きましてありがとうございます。

この作品はとある人に、『SEKAINOOWARI』の『LOVETHEWARZ』を下敷きに連載小説を書いてほしいとリクエストされ、それを引き受けたことで生まれた作品です。


こんなにも長くなる予定ではなかったのですが、曲を繰り返し聞いている内にインスパイアされる部分が多分にあり、プロットを上げた段階でこのボリュームになることが予想されたわけです。


リリとマークは、死にました。


死なないと言われた人でも、簡単に死んでしまうのです。

これは万物に対する本質であり、命の終わりのない人間はいないということでもあります。


戦争と平和、そして愛をテーマにここまで書いて来ましたが、僕は戦争の仕組みも政治的なものもなんら詳しくもありません。


その中で、これを創り上げなければならなかった時、なにを重要視したでしょうか。


 とある人物の視点から描く、一人の人間から見た戦争。



 それを描くしか出来なかったのです。



 それはマークにせよ、リリにせよ同じでした。



 二人は戦争に巻き込まれていきながらも、その全体像はほとんど分かっていない。

 ただ、『始まってしまったからその環境で生きていくしかなかった』だけなのです。

 だから、この物語には【戦争を理解している人間】は必要ありませんでした。


 その中でもアーレアと、コフは敵同士でありながら実によく似た人物像だったといえるでしょう。二人の思想は違えど、重圧に押しつぶされそうになる統率者と、重圧にのっかかる統率者。二つの姿を描けていたら幸いであります。



 トーアとロックミーも、この物語を語る上で重要なキャラだと言っていいでしょう。


 お互い兵士なのに、互いが兵士であることを知らず、恋に落ち真面目なはずの二人はジョージから預かったチケットを無断で使用までしてしまいます。

 そして、優秀な兵士だったはずの彼らは、戦いの中ではなく中立国に行われた爆撃によって死にました。


 物語の中で、ランスとマークが、これについて少し議論を展開しました。


 兵士としてではなく、普通の人間として死ねたことは幸せであってほしい。と。



 幸せの定義は、ひとそれぞれだとは思いますが、戦争が身近なものである彼らにとっては、それだけのことで死んでしまうことですら幸せなのでしょうか。


 物語の主要人物の中で、生き残ったのはランスだけです。



 彼は、これからなにと戦ってゆくのでしょうか。最も人生を謳歌しているように見えた彼が、生き残ったということになにか意味があるのでしょうか。



 世界は、変わりはしないけれど、変わる準備はしている……のかもしれません。



 この17万文字のラブレターを読んで、なにか思いに耽るきっかけに……少しでも役立てば作家冥利に尽きるという物です。








2015.02.08 神威遊

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(火曜日更新)真っ青なブルー 巨海えるな @comi_L-7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ