第58話

「言っておくが、私は一人の人間だ。華やかな舞台や地道な努力が似合う芸能人ではない。だが、必要に応じて善悪の両方になりきることができる。そこで、在日外国人の主体性の強さを利用する」

「となれば?」

 犬走の目は、一般人を見る目ではなかった。私がいあいぎり隊に入党しない限り、政治家として平等に懲悪すると宣言している目だった。党内であれば彼が私の盾になってくれるからだ。

「首相として、私が諸外国への甘い待遇と経済的支援要請を断れば、政府間の関係性は悪化する。それはつまり、関係性がいったんリセットされるというわけだ。その上で各政府は国内外の自国籍民に告げるだろうな。日本のあらゆるものを拒め、日本から脱出しろ、と。中には本当に日本製品を廃棄するだろうし、自国に戻るか日本以外の他国に移るかのどちらかという者も現れるだろうな。それはそれで構わん。だが心の底から日本を好いてくれる者はどうだろうか。今の時代で言うとSNSで持論を拡散できるし、声を上げる力を集めることもできる。逆に日本製品の消費が増えるかもな。で、反日政府の発言は空回りだ。そうなれば、国民の、各国政府への信用はどうなる?」

「狙いはそこですか。確かに核を突く戦略ですが、あなたにしてはずいぶん回りくどいですね」

「人質が日本人ならこんなことはしない。同調性の強い国民相手だと、私が無駄に年を取るだけだからな」

「ですが、他国に住んでいる日本人はどうします?」

「日本にいる日本国籍の者の優先順位のほうが高いが、もちろん彼らも大切で、誇るべき日本人だ。在日外国人が高潔な盾ならば、国外在住の日本人には、私たちの光の矛になってもらおう。各国の発展は彼らの功績なく存在しないことを強調する」


 三日後の二大大国との会談は、過去の不利益な条約を破棄する代わりにを絶つという結論に至った。駐屯地員は撤退、在日外国人は出国する者とそのまま滞在する者とに分かれた。私の狙い通り、日本の現状を伝える外国人インフルエンサーが続々と現れ、情報が世界中にあふれた。私が首相に就任する前、犬走がかつての体面国会で唱えていた政策案の動画も拡散された。私と並んで会談に臨んだことが影響した。今では私より彼の方が注目度が高い。

 一方で、私がかつて携わっていたサービス業界では不満の声が上がっていた。二大大国からの訪日客の態度がより横柄になったとのことだった。もちろん全来日客ではないが。

「総理、支持率四十パーセントまで低下した件についての対策はいかがなさいますか」

「GDP、国内総生産は昨年に比べて上がっているか? 富裕層の寄付率と総額は? 支持率はこのあと一気に回復するから、気にせず事務処理に集中してくれ。事務と数字に関しては、あんたを頼りにしているぞ、石嶋」

「総理、石嶋氏によるとマイノリティの方々からの支持率は、三か月前よりニ十パーセントも上がっています。現在は四十パーセントです。マイノリティへの理解を深めるための、マジョリティと共同のオンライン会議の機会を設ける好機です。もちろん、一般の参加者は画面オフで」

「確かに、マジョリティである私一人が納得したところで、各地域での偏見がなくなるわけではないからな。オンライン会議だけでなく、人口十万人以下の地方都市や郊外に絞り出張も計画しないとな。スケジュール調整については亘理の能力も必要だ。そうだ、扇! 性産業や他風俗業に携わる女性を守るフェミニストとして、亘理とタッグを組んだ講演やワークショップもどうだ。これまでの信頼回復にも繋がるぞ」

「おっしゃるとおりです、総理。しかしワークショップとは、何をすれば……」

「それを今から計画するんだ。亘理、扇氏のご子息に力を貸してやってくれ」

「あの、総理、さすがに働かれ過ぎでは? 退院されて日も浅いですし、今からでも少しお休みください」

「そうか……って休むだと? 扇氏」

 亘理が買ってきてくれたカモミールティーを啜り、蒸気アイマスクで瞼を覆っていたところに、一度に四人も押し寄せてきた。あやうく扇母・道子の提案に乗るところだった。

「私はこうして休んでいるじゃないか。大仕事の影響が出てくることは想定内だ。それに、私には頼りになる者が何人もいるんだ。私が乗り越えられなくてどうする」

「ですが、のことも控えていらっしゃいますし。体力を温存しなくては」

「心配はありがたい。言葉にできないほど感謝している。しかし首相がアルソックでなくてどうする。幸運なことに、メンタルだけは過去の社会人生活で無駄に鍛えられたからな」

 とはいえ、私のから元気は政界のベテラン陣には通用しなかった。


 私の頭髪は、白髪率が九割を超えていた。四捨五入すればギリギリ三十台前半だというのに。白髪染め? そんな暇はない。


 私が長年住んだ長崎で騒ぎが起きなければ、記者会見の時間を仮眠に充てることができたかもしれないのに。それを美容室に行ったり、セルフで白髪染めする時間に割くわけにはいかなかった。

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