第57話

 亘理には申し訳ないが、コンビニで生理用品の購入を頼んだ。亘理はついでに、入院している総合病院内産婦人科への受診を予約してくれた。生理中の受診は気が引けたが、一か月に三回もあるとなれば仕方がないことだった。

 石嶋には一度帰宅してもらい、翌朝私が追加業務の内容を告げるということにした。今告げたら、あいつは徹夜してまで準備するだろう。生真面目にもほどがある。

「亘理、犬走氏と連絡が取れるか?」

「いあいぎり隊のですか」

「彼にひと働きしてもらいたい。亘理、石嶋、扇母子とは別の目で」


 翌朝、私は石嶋にラインメッセージにて追加業務を指示し、亘理には犬走安紀彦への連絡を頼んだ。扇道子には息子である哲也の健康管理を任せている。私の元で働かせるための準備期間だ。同時に、哲也とはオンラインにて計画を綿密に立てているところだ。目的は一つ、性産業とその他風俗業に携わる女性の転職支援だ。

 産婦人科受診後、私は予定通り午後に退院できた。薬の処方は不要だった。ただの疲労だったので、当然ではあるが。私は大学に入る前の社会人時代、過労で何度も生理が不規則になった。今回を除いて三回受診したが、いずれも過労が原因とのことだった。

 亘理は診断結果に納得がいかなかったようだが、道子と協力して私の生活を監視する提案を私が吞むことでその場が治まった。

 退院日の夕方、亘理が執務室での宿直を申し出た。レジ袋には使い捨て蒸気アイマスク二箱とノンカフェイン・ティーバッグが六箱も入っていた。私を否応なく就寝させるつもりだった。道子からは自宅予備の毛布と枕が届いた。余談だが、母からも、しっかり休むよう催促の電話がかかってきた。それだけ、私は周囲を巻き込んで政治に取りかかっていたのだ。ならば、結果を出すしかない。

「犬走さん、お忙しいときに申し訳ありません」

「すっかり首相が板についたようで」

 犬走は苦笑していた。本来ならば、彼は少数の支援により首相になり得る男だったのだ。それが今では、オンライン国会にて私の発言を捕捉し、支持している。私への国民支持率上昇は、発言力のある彼のおかげともいえる。

「私は以前、あなたの力添えは不要と言った」

「首相となった後は、ですね?」

「だがそれも、限界がきてしまったようだ」

 本音と同時に、彼への最低限の敬語を忘れてしまった。彼が首相として認めてくれたのならば、恩義は果たしたも同然だった。彼にとってはどうなのかは分からないが。

「だから今回、犬走さん個人として外交に取り組んでいただきたい。私がいる内閣はポジションがあやふやだ。政界における私の信用度が低いため、ポジションに就きたがる者がほとんどいない。各省なら大臣が継続して就いているが、私の改革に渋々従うといった感じだ。自慢ではないが、私にはスキャンダル力があるからな。ヘタに自分を出すとろくでもないと分かっているんだろう」

「先代首相が辞任されたように、ですね」

「だが今回はそうもいかない。男ではない、カネもない、国内外に人脈もない。ないない尽くしで二大大国から平等を勝ち取るのは無理だろうな。ナメられるだけだ。そうなれば持ち前の語学力もないに等しい。そこであなたの覇気と頑固力を借りたい」

「具体的には?」

「私が悪人なら、人質を使うね。悪人なら、だが」


 犬走が前のめりに屈んだ。彼にも人の性への理解があると言うことだった。

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