第49話

 首相生活が三か月目になると、私の髪がプリン柄になってきた。二十歳のころより白髪に悩んでいたためダークブラウンに染めていたが、金銭と時間の節約のためセルフですらカラーリングをしていなかったのだ。現在、サイドを手持ちの黒いピンで留め、伸びた後ろ髪を黒ゴムで結んでいる。長崎での学生時代、アルバイト先で活躍したヘアアイテムが、政界でも役に立ってくれている。

 そんな私に対しては賛否両論、それぞれの意見をXやインスタグラム、ときにはヤフーニュースで知ることができる。

『あんな身だしなみにだらしないのが首相だなんて恥ずかしい』

『日本の恥、開真波』

『女の楽しみを犠牲にしてはいけませんよ、総理。ぜひ美容院に行ってください!』

『被災地訪問なんてどうせパフォーマンスだろ。政界の素人めが』

 一方で、社会問題への提議に力を入れる団体が日本でも増えてきた。ジェンダーやペット問題など、私がメインで挙げていない政策の力にもなってくれるおかげで、金融業界で言う複利効果が国民全体の政治への関心に広がっている。

 そんな中、私と同様に世間の注目を浴びている若手政治家が一人。

 扇哲也、二十五歳。私を手助けしている扇道子の長男にして、国民民主党から自民党へ政党を移した異例の男だ。常に整えられた黒の短髪に好印象を抱く者もいれば、いわゆる「鞍替え」したことで叩く者もいる。

『なぜ花丘の下で働いている? 母親を見習えよ』

『若過ぎて、世間を知らなさすぎるのかよ』

「いや、フツーに私の『健康の印』の方が心配なんだけどね」

 午前四時、私はスマホでエゴサーチ片手にほうきで自室の畳を掃いていた。上京の際ロボット掃除機を購入したかったが、後の自転車購入に備えることにした。代わりに老夫婦が下町で営む竹細工店にて、天然素材のほうきを購入した。過去の正社員時代やアルバイト先でお座敷も担当したことが、このようなアイデアに繋がった。おかげで掃除機に関する電気代はゼロ円、一階と両隣の住人への配慮なしでも最低限の清潔を保つことができている。ただし、母の怒声は常に時間帯を気にする必要があった。

「真波、あんたいい加減に超早起きをやめなさい! そんなだから便秘になるんでしょうが」

 最後にのが五日前。私はに詰まりやすいという珍しい体質だが、その一週間は先日終わったばかりだ。

「便秘は関係ないっしょ。ついこないだ静岡と熊本に行ってきたんだから、水の相性じゃない?」

「静岡も熊本も、ついでに東京も同じ日本でしょうが。それよりあんたは無駄に神経質なんだから、たまには休みなさい。あんた以外にも政治家はいくらでもいるでしょうが」

「だといいけどね」

 妄信は毒。扇息子にも贈りたい言葉だ。毛嫌いしている私の声など、彼はオンライン国会がなければ聞きたくもないだろうが。

 それは私の人生にも当てはまる。あくまで可能性が複数あるだけで、必ず私が首相でなくてはならないという訳ではない。私の役目はこの国を立て直すための基盤づくりであり、今後多くの国民が立ち上がることのできる社会づくりだ。少数の日本国籍者が私を批判したり高所得者への優遇を呑み込むことはすでに承知している。日本人とはそういう気質だ。私の理想が全国民の理想とは限らない。また、私の正解が正しい答えとは限らない。だからこそ、他者の意見を集めることが面白い。

「さて、今日のお客さんはどんなジョークを言ってくれるのやら」

「何か言った?」

「何も。あ、介護用パットとおむつ、いつものをAmazon定期便で今日届くからね。到着予定の20時までには帰るわ」

 ゴミ袋を二袋抱え、指定のゴミステーションに捨ててから一度帰宅。それから自転車を抱えてもう一度階段を下りる。この日常に慣れつつあった。

 白髪と地毛の黒が丸見えの髪ぐらい、私にとってはどうということではない。


「ですから総理、ご自身が『華』であり得るというご自覚をお持ちになるべきです」

「鼻?」

 車輪の泥を落としている最中、最初にジョークを言いに来たのは星野ほしの佐由美さゆみ。自民党に所属、花丘の右腕としても有名だった。

「あなたは若い女性です。どこかの政党の華として注目されるべく、身だしなみに気を遣うべき。何ですか、その作業着みたいな服装は。男性に添えられるにふさわしくないですよ」

「作業着? フツーにパーカーとジーンズだが? それに私は花ではない。なぜ男性の飾り物である必要がある? で、どの男性に私を添えさせようとしているんだ?」

 答えは分かっていた。「添える」という意味も。だが私は屈したくなかった。

「ってかさ、あなたオンライン国会でも男性の後ろに控えているじゃん。こういう、男性の目がないときだけ地を出すのって性格的にどうなの? 男性を盾に逃げ隠れするのって女としても腐っているとしか言いようがないわぁ」

「盾なんかではありません! 私たちは代表をお支えしているんです」

「花丘議員か? そりゃもてはやせばそれなりに動くだろうな。ってか裏で男性を操るなんて、戦国時代の奥方かよ。当時と違って、私たち女性にも今の時代、色んな生き方があるだろうに。本性出せよ。あんたもそう思うだろ、石嶋」

 星野が振り向くと、石嶋が小型機を露わに持ち立っていた。

「メディア公開によって、これ以上花丘の株を下げたくなかったら、とっとと失せな。今度会うときはオンライン国会だ。もちろん、あんたの意見もしっかり聞くから、自分の言葉を連ねた台本を用意しておけ」

「私はっ、アドバイスして、あげただけですっ!」

 星野の口紅の形が歪になり、アイラインがむき出しになった。ヒールで乱暴に床を打ちながら私から離れた。

「総理は煽り上手でいらっしゃる。ほどほどになさらないと、いつか痛い目を見ますよ」

「そうだろうな。わが家への訪問者も一人や二人ではないしな。やれやれ、監視カメラにも金がかかって仕方がないぞ。月収三十万円だと、満足にマッサージもできやしない。今じゃ、母の機械を借りて、どうにか痛みをしのいでいるってわけだ」

「なぜそれでも無理をなさるのですか」

「無理しないといけないほど、この国を腐らせたのは誰だ?」

 石嶋は黙った。彼も先代首相が軸となった国会で闘った一人だ。彼なりに苦しみ、もがいてきた。そんな彼を責める気にはなれなかったが、現実として受け止めさせる必要があった。

 それは、扇親子にも同じことが言える。


 同じころ、扇息子は自宅のトイレにて便器とにらめっこしていた。

「これが政治だと?」

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