第50話
石嶋が二日間の有給休暇に入る前日、私は持参弁当を完食した後記者会見に臨んだ。亘理と扇も遠隔で煩いので、仕方なく手持ちの中古スーツに着替えた。
「あー、
「総理、ご自身の改革を強固にするための大事な会見です。耳なら綿棒でほじってください。ただし、トイレなり人目につかないところで」
石嶋も早急に会見を終わらせたいくせに。素直に私を急かせることができないところも可愛げがない。家族と自宅でのんびり過ごすことを好む彼にとって、明日からの二日間が楽しみで仕方ないのだ。
「総理が就任して三か月経過したのです。支持率を五十八パーセントから七十パーセントに上げるには、今後の活動内容の明言と実行が欠かせません。ただ実行するだけでは効果が薄いというものです」
「有言実行か。そりゃ頼もしい。ただ、あんたは忘れていないだろうな? 私の大嫌いなことの一つが、無駄に装うことだということを。あくまでも自分らしく、だ」
「中古であろうと、スーツを着ただけでも及第点としましょう」
「それじゃあ、ちょっくら行ってくるか」
「粗相でもなさったら、羽交い絞めしてでも止めますからね」
つくづく思うが、私は威厳に欠けている。だからこそ、人の本性をより容易に見抜くことができるのだが。
石嶋は、自他に対して厳しすぎるだけの純粋な大人だ。
記者会見の場を小さな執務室に指定してよかった。これが本来の国会会場であれば、東京に集中する出版社の記者が押し寄せ、多くの席のために尻をぶつけ合っていただろう。こんなちんちくりんな一人のために。それよりも被災地の現材や教育現場の実態などを取材してほしいものだ。現代人は現実逃避する割には他人に対して辛辣だ。いつだって中傷する相手を求めている。そういう世の中にしたのも、ある意味では政治だろう。
「総理、各地の被災地を訪問なさって、ずいぶんと支持率が上がりましたが?」
「そのようだ。しかし私は当然のことをしたまで」
「補佐には石嶋氏のような無所属もいれば、亘理氏のように特定の党を代表している方もおられますが?」
「私は特定の党だけでなく、無所属の方も贔屓しない。私の力になり得る方を迎え入れたまでだが?」
どの記者も、私の主な話題に興味を示さない。
「私はこの会見を簡潔に終わらせたい。なぜなら、私なんかよりもはるかに必要性の高い報道が山ほどあるからだ。過去の政治がもたらした経済面と教育面での貧困、成人病や精神疾患治療の現在、最新の災害対策情報、他にもあるだろう。国民に必要な情報を広めないで、何がメディアだ! 芸能人のスキャンダルもそうだろう。道を外さない限り、誰が恋愛しても自由だろうが。そんなゴシップで日本の問題を覆い隠そうとするな!」
石嶋、倒れないでくれよ。冷静な自我と頭に血が上る私がいた。私から目を逸らす記者の中には、自分の職業に疑問を抱いている者もいるだろう。そんなのお構いなしに、続けて言った。
「そう、簡潔に。今から簡潔に、今後の政策を述べよう。海外へも放送する準備なら、今のうちだぞ。そう、私、開真波は首相として宣言する。すべての国への経済支援を停止、大国である某国との関係に平等を求める!」
この日の晩、亘理と扇母が熊本から帰京した。石嶋は自分が予定通り有給休暇を取ることに納得がいかなかったが、私たち三人で圧力をかけた。彼が大人しく自宅に戻るのを見届けると、私たちは自宅でのオンライン国会準備に取りかかった。
この日、扇息子である哲也は、体調不良を理由にオンライン国会を欠席した。
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