第44話

 Xとインスタグラムそれぞれのアカウントに、私への見舞いコメントが続けて投稿された。

『開総理、ムリなさらないでください。私たちにも被災地の方々に寄付させてください』

『総理の熱を移さないための賢明なご判断に賛成です』

『頑張り過ぎは体によくないですよ。政界の味方に任せるところはしっかり任せてください』

『僕にはSNSへの拡散しかできませんが、総理を支持しています』

 一方で石嶋に寄せられた苦情はいずれも富裕層によるもので、彼ら自身の利益損害を案じるものだった。

『人件費がかさんだら会社が存続できません』

『公共的なものにばかり目を向けて、日本経済が回復するわけないの分からないんですか』

『今度の総理は教養がなっていません。それに言動も下品です』

『しかるべき教育機関を出ていないから、選ばれた人材が宝の持ち腐れになるのは目に見えています』

『開さんには直ちに辞任を求めます』

 石嶋は事務所での会話を録音録画してくれていた。そのためパソコンで送られたデータを視聴している間に、私のスーパーカップが溶けていた。これはもう、ゲストハウス備品のインスタントコーヒーもしくはダージリンティーに混ぜてミルク感を出すしかない。ドイツではバニラアイスをコーヒーに入れることで砂糖、ミルク、生クリームを一度に混ぜることができるので合理的とされている。私はまだドイツに行ったことがないが、以前在籍していた大学のネイティブ教授が言っていた。余談だが、パンの国でもあるドイツでは、日本のあんぱんは邪道らしい。私は寝不足のときに無性に食べたくなるのだが。

「それにしても石嶋、あなたには私の見えないところで苦労をかけてしまったな。あなただけではない、あなたの部下にも労いが必要だ」

「それには及びません。開総理、あなたは公正を謳っているのです。自分の部下は自分でフォローできますから、あなたはただ、ご自分の初志に徹すればよいのです。そのためには即座に解熱を」

「それができれば苦労はせん」

「苦労してでも快復なさってください。亘理さんにはオンライン会見のスケジュールを組み込む調整をしてもらっていますので。いいですか、この東北滞在期間中に支持率を五十パーセントまで上げますよ。そうすればアイスの一つや二つ、私が弁償しますから」

 私は石嶋の娘かよ、と言いたかったが、熱でそこまで舌が回らなかった。食欲はあるのに、眠気で頭も回らなかった。通信制大学にもレポート提出期間の延期希望申請をしたところ、担当教授は快く受け入れてくれた。何ごともオンラインで解決するシステムがありがたかった。それなのに、石嶋の厳しい声に優しさと安堵を感じていた。体調がすぐれないと矛盾も生じやすいようだ。


「真波、あんたなに熱を出しているのよ。色んな人に迷惑をかけておいて!」

 母・深雪からも電話がかかってきた。長年喫煙してきた声が脳裏に響き、私は頭痛を訴えた。今も喫煙していれば、母の声が枯れたままで頭に響かなかったかもしれないが。

「うん、でも私をサポートしてくれる人がたくさんいてよかったわ」

「そりゃ、あんたは人に嫌われる性格じゃないもの。あんたを嫌うのは、よほど頭がおかしいやつだけよ」

 母らしい言葉に、私はまたしても安堵した。髪をきちんとドライヤーで乾かすこと、寝るときにもきちんと靴下をはくこと、布団埃を避けるためにマスクも着用することなど言われた。私がどのような人間であっても、母にとっては手のかかる娘のようだ。実際、母にはたくさん手をかけてもらった。母だけではない。

『ちょっとアルソック、大丈夫? 何やらかしとると!』

『肩の力を抜いてっていつも言っとるたい』

 伊吹と弥生だけでなく、江平えひら美歌みかという、長崎での大学の後輩からもラインメッセージが届いた。

『真波さんは人を惹きつける力があるんですから、頼れることは頼ってくださいよ。私からはそれしか言えません』

 若い友人たちにも心配をかけて、不甲斐なかった。だからこそ親近感を抱き交流してくれるのだろうが。

 彼女たちのメッセージをスマホで眺めながら、私は寝落ちした。


 翌日熱が引いてオンライン会見の準備をしている間、いあいぎり隊の犬走がサプライズで岩手を訪れていた。東北地方全体の農家から農産品を取り寄せ、物資支援に充てていた。


 確かに、私の力になってくれる人たちはたくさんいた。

 それが私にとって、一番の解熱剤だった。

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