第22話

 三.一一東日本大震災と津波の被災地として、東京より最も近い福島に到着した。

「この道で間違いないな、亘理」

 私は自転車に跨ぎ、亘理は徒歩にてスマホの地図アプリを開いた。

「はい、総理が物資支援品の仕入れをされた店は、この商店街で間違いありません。しかし比較的安価な量販店の方が、数多く仕入れられたのでは?」

「それじゃ企業が儲かるだけだろ。仕分け、販売、経理などで働く人たちに利益分配なんてしないはずだからな。私は労働者と国民のために動いている。企業のATMになる気なんてないぞ」

「それで、現地の商店街や中小企業から食糧品やら日用品を調達されたわけですね」

「それでもケチな経営者は従業員に利益を還元しないだろうから、誓約書を持ってきた。私らの滞在期間中に、賞与として利益の半分を全従業員に分配させるためのな。あんたには鷹の目にもなってもらうぞ、亘理。今までのを、人の心の機敏さに目を向けて活かしてくれ」

 亘理は一瞬立ち止まった。私の珍言なんて、今に始まったことではないのに。そう思ったら、私も立ち止まってしまった。

「キツく言ったんだがな、華美な出迎えは無用だって」

 商店街のアーチには『開新総理ようこそ』の横断幕が掲げられていた。私にとっては政策の一環であっても、地域の住民にとっては娯楽の代わりなのだろう。前年度まで私が住んでいた長崎市と変わらない。新幹線開通、長崎駅隣接ショッピングモールに新館が開館された際も、住民の多くが我先にと行列を成しその仰々しいセレモニーや建物をスマホに収めた。不要なものにまで散財し、給料日前には国内の低賃金を嘆く。私は人混みも待ち時間も嫌いなので、住民の情熱が冷めたころに下見に行く程度だった。その下見も、買い物が目的ではない。新館モールが開館してまもなく犬走が来県したので、モール内で働く人たちの動向を視察したかったのだ。その結果は私の予想通りだった。労働者は売上手当てにより自らの時給を上げる意欲などすでに失せていた。求人票に手当なし、時給は良くて九百円と書かれていれば当然のことだった。この新館で働くメリットと言えばステータスの自慢と都会で働いているという錯覚を得られること、管轄の本館・新館・長崎駅構内の各テナントで割引サービスを受けられることに留まる。その割引サービスも何かしら支払いが発生しないと得られないので、低賃金の労働者にとって到底存在意義のない制度だ。それでも一か月、二か月と働き続けられるのは、地域住民特有の見栄でアイデンティティが成り立っているからだろう。そのためなら契約社員でもアルバイトとしても働ける。中身のない接客を身に着けられるし、店長以外が非正規雇用もしくは向上心のない従業員という環境であっても居座り続けられる。内面など磨く必要がない。私はそんな環境もまた嫌いだった。

 訪れた商店街は表面上の華やかさこそないものの、誰でもいい有名人が訪問することで箔をつけたいという魂胆が見え透いていた。予想範囲内の事態ではあったが、それでも私は地域の商店街を選んだ。各経営者のためではない。経済成長という引き金も、内面と思考の成長の機会に恵まれない従業員に自ら動き考える機会を与えるためだった。愚痴が愚痴で終わる世の中で首相を務めるのも一個人として生きるのも、私はまっぴらだ。


 私じゃなくて、国民が起爆剤にならなくてどうする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る