第17話
「おや、私が頼んでもいないのにお出迎えですか? 補佐の石嶋にさえ余計なコトをするなとクギを刺しているのですが、どうやらあなたの耳には届いていないようですね。仕方ありませんか。だってあなたは私を嫌っている側ですもんね?」
早朝五時、男性の影が一つ。補助輪付き自転車を抱えて二階から階段を下りる私を見て腰が引けていた。案の定、工具らしきものを右手に持っていた。
「まさか、この私が古いアパートの外に出勤用自転車を野放しにするとでも思ったのですか? 誰ですか、あなたに指示したアホは。散々世間の荒波に揉まれてきた私がこんなことすら予測できないとでも?」
先日素顔を晒して百円ショップに行ったとき店員や客に驚かれたが、レジャーシートを買ってよかった。首相になってようやく月給三十万円という、超を超える高給取りになったが、同時に自転車で貯金の一部を使ったのも経済的ショックが大きかった。一部の人はこれを健康や交通費の節約を目的とした投資と呼ぶが。
陰が逃げたところで、私は鼻息を荒くした。
「さて、今日も土台作りに励むか! 先のお偉いさんがここまで政治を混乱させてくれたからな。効率的に取り組まなきゃ、私の身体がもたん」
電車の定期券代を節約するため、私はこれまで乗れなかった自転車のペダルを踏みだした。
早朝の東京は良い意味で静かだが寂しくもあった。団地の並びではカラスが、労働者が朝を迎えたくないと代弁しているかのように鳴き、燃えるゴミ袋の袋をくちばしで突いていた。
時間にゆとりがあると思われるスポーツウェアを着ている人もいた。しかし私の顔が日の出に当たっていないため、ただの通りすがりだと思っているようだ。
公園の内部を周遊、青果店のみがシャッターを上げている商店街を通り抜けた。一般的な通勤路、とりわけJR各駅付近では朝食で英気を補えなかったようなスーツの男女の群れが忙しく闊歩していた。外が明るくなっても、私の存在を気にする余裕がないようだ。これほど着物が似合う和美人を放っておくなんて、この国も疲れ果てている。
「さて」
私は永田町に向かって、ペダルをより力強く踏んだ。
自転車を抱え、執務室の入り口に到着した。入り口の前には亘理が背筋を伸ばして立っていた。
その隣で、石嶋が両腕を組みしかめ面をしていた。
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