第14話
「先日総理が掲げられた政策についてお尋ねします。その中に、国民の皆さんに向けたものがございますよね。これらには性的少数派の方も含まれていますか? 過去の国会で可決不可欠でかなり騒がれた議題、当然ながらご存じですよね」
亘理は扇よりも背筋に自尊心が感じられた。扇は会場内の静粛を提案するニュアンスだった。
玉園の進行に従い、私は再び起立した。
「私はまさに、あなたのように政策の方向性を問うお声を待ち望んでいました。感謝の意を込めて、結論からお伝えします」
亘理の眼力が強くなった。これほどの意思を持った政治家も私が政界の頂点に立つことを許すはずがなかった。まさに、絶好のチャンスだった。
「私が掲げる政策には、国政に携わる者とそうでない方向けのすべてにおいて、性的少数派の方も含まれます。すべてひっくるめての国民の皆さんという意味なので、あえて『性的少数派の方も』と明言しませんでした」
亘理はふたたび挙手した。玉園は言及を許した。
「では、総理が掲げられた『消費税三年間停止』『諸外国語と日本語教育の強化』そして『マネー教育を成人済み国民にも義務化』の対象であると? 国民の皆さんの自由は、性的少数派の皆さんの自由でもあると、解釈してよろしいでしょうか」
気づくのも今更だったが、自民党の群衆がどよめいていた。共産党や輝く未来党も声を潜めていたが、私が気にすることではない。
「当然です。それが私の政策ですから。わざわざ人数制限を破ってまでご参加いただいた方々のために、この場で一つ、捕捉も申し上げてよろしいでしょうか」
亘理は承諾した。石嶋が隣で何か言いたそうだったが、トイレならば勝手に行けと無言で訴えた。すると石嶋のこめかみがわずかに
「亘理議員がおっしゃった私の政策以外にも、性的指向と性自認を一切問いません。念のため、亘理議員が挙げられなかった私の政策を今一度声に出しますよ」
バカにしやがって、なんていう野次が飛び出した。玉園が戒めるたびに、彼の毛髪が揺れ、毛根が耐えられなかった数本が机上に舞い降りた。石嶋も私を睨んでいたが、彼は毛髪の心配をする必要が無いようだった。意地でも自分のポリシーを守るような男性だからだ。
「私の残り三つの政策、それは『富裕層に増税、それが嫌なら慈善団体への寄付をすること』『議員の大幅減収』」
私は群衆の一人一人を指さした。
「そこ、そこ、そこも! 居眠りしている者、野次と唾を飛ばしている者、これから官僚に任せきりの紙切れを読み上げようとする者、全員ですよ。善意ある者も、この私も、今月から月収三十万円です。それでも多すぎるくらいですよ。言っておきますけど、私の地元長崎県で月収三十万円なんて、超高給取りですよ。特に県北地域なんてね、通勤にも生活にも車が必須なくせに、勤務先からガソリン代すら支給されないんですよ。それで、良くても月収十三万円。これでどう生活しろってですか。でも皆さん、苦しい思いをしながら生きていらっしゃるんですよ。というか、そう生きざるを得ないんですよ。それから税金をがっぽり取って、政治家の私腹を肥やしたり海外にバラまいてどうするんですか。そんな非道徳的かつ非合理的なことをするより、議員のもらいすぎな収入を減らせば数字的にも簡単じゃないですか。もちろん、この私も月収三十万円にしますよ。二度も言わせてもらいますけどね、それでも多すぎるくらいです。本音では、本当の意味で国会に参加しない者に一円たりとも出したくないんですけどね。段階的にハードルを下げる方が、効率がいいですからね。仕方なく、三十万円にしたんです。で、各政党二名までの国会参加ってことにしたのも、この要らん経費を削減するためですよ。あなた方はどうせ、血税とは別で収入源もあるんです。それで家計の足しにすれば十分でしょう。何、夜遊びや会食をやめれば簡単に百万単位で生活費を抑えられますよ」
玉園と石嶋の血管が浮き彫りになった。私は正論を述べたのみ、野次を飛ばす群衆が悪い。それにしても、過去の私もかつての職場で、同じようにはっきりと自分の意見が言えたらどれほどよかったか。
「さて、これらの政策と同等に重要な政策、それは『某国からの独立』です。これがないと性的少数派の皆さんを含めた国民の皆さんの経済的自由がありません。なに、敵対するとは言っていませんよ。あくまで平等な友好関係を築くというわけです。実際、某国の文化や空気に惹かれる国民の皆さんも大勢いらっしゃいますからね。日本各地域に外国語大学なんていう名前の大学が存在するわけですし、日本語を学びに来る留学生もいます。それは双方の国民の皆さんの自由です。しかし、この自由に、一方的かつ総合的な負担があってはなりません。本当は今日、この政策について詳しくお答えし皆さんと共有したかったんですけどね、次回にしましょうか。何せ、これだけの野次を飛ばしてお疲れの方が多すぎます。次回は体力と柔軟性を備えた、比較的若くフレッシュな方が厳選されて参加されることを切に願いますね。というわけで、お望みの回答になっていますか、亘理議員」
玉園と石嶋の血管が切れる前に、女子トイレへ逃げたかった。そうそう、亘理議員が提案する前に、国会にもジェンダーレストイレを設置したいな。
こうして、記念すべき、私が就任して初めての国会は幕を閉じた。
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