第13話
「議長、仕方がありません。今日はこのまま進めてください」
私、開真波が首相になって最初の国会は、予想通り面倒くさいほどの滞りで開かれた。
前首相の時代まで、国会ではこれまで十一もの政党と無所属というカテゴリーにて七百越えの政治家が毎日参加していた。それぞれの官僚をあわせると千を超えていた。その大半が黙っているか居眠りしているかのみのお飾りだった。
私はその参加数を大幅に絞り、各政党は代表者二名まで、無所属は提言したい者のみ参加するよう石嶋に伝達させた。
「仕事はきちんとしました。しかし彼らの解釈までは私ではコントロールできません」
石嶋が声を潜めた。初対面時、年長者として、また政界における経験者として貫禄を示していた補佐が疲れているように見えた。早々に働かせすぎたかもしれない。私の政策を貫くためには彼への特別手当が確保できないのが惜しかった。
しかし国会の後に本人が明かすには、私に従事したという過程が疲労の原因ではなかった。いかなる業務でも、参加者の指示数と実際の参加者との比例が彼自身を嫌悪に陥らせていたとのことだった。理想の数字が彼のリラックス材料であることを知り、数学では彼に勝てないと悟った。私も高校時代は数学が好きで、追加料金のかからないパズル代用品として楽しんではいたが。彼なら喜んで数学検定を受けそうな気がした。
午前九時、そんな彼を早々に疲弊させた原因の数は七百九十四。虹の党、犬走率いるいあいぎり隊は私の指示通り二名で参加している。しかし国民民主党、立憲民主党、輝く未來党、明るい日本党、共産党、真の自由党、黄金の国党、社会民主党は各十名、自民党に至っては所属全員である七百名で会場を埋めていた。無所属は二十名も政界に認識されているが、提言があるとして参加していたのは半分の十名だった。
「ご覧のとおり、名札のある席は私を除いて三十二しかありません。名札のない方は起立、もしくは空席の相席でもかまいませんよね。次回同じことをすればその場でお帰りいただきますよ」
議長である
「玉園議長、社会の律を守れないような方々は私に言いたいことが山ほどあるようです。とりあえず、一人ずつ発言するよう進行してください。国民の皆さんの血税を無駄にしたくないんで」
「開総理大臣、あなたも私が呼ぶまで発言を控えてください」
玉園の前髪が一本、宙から舞い降りた気がした。彼にはぜひとも上等な育毛剤を使ってほしかった。
混乱の中、国会が始まった。発言の先頭を切ったのは、自民党副代表である
「総理、あなたは無所属初の首相として就任しましたが、他党政治家の援助があったというではないですか。高所得者の敵であると宣言しておきながらその行い、いかがなものでしょうか」
あまりにもお約束な展開だったので、私はむしろ冷静だった。いあいぎり隊の代表として犬走は眉をしかめていたが、そんなことは私の知ったことではない。
玉園に発言を許され、私も起立した。
「人の話を最後まで聞ける方にのみ、お答えしましょう」
誰かに私の予想を裏切ってほしいと思うほど、野次の声量も期待通りだった。玉園の制止の声も聞いていなかったヤツがよく言うわ。
一本、また一本と玉園の前髪が皮膚から離れていくのが見えた。来週にはウィッグを着用しているかもしれない。
「では、あなた方はこれからの日本を憂いることより、人の立場を作る背景と建前がより大切だとおっしゃりたいのでしょうか。そのために国民の皆さんが苦しい思いをして納めてくださっている税金を使ってよいとでも? 私はまったくそう思いませんけどね。というより、あなた方は私の掲げる政策に関して、何一つ質問がないようですが?」
政治家の煽り煽られ好きがこれほどとは思わなかった。その熱量はテレビ越しでは十分に伝わっていなかった。
「恥を知ってください!」
そこで、一人の女性議員がロケット花火のように勢いよく起立した。国民民主党の一員である
「開総理に関して気になる点も多いのはごもっともです。しかし総理のおっしゃるとおり、この国会と政治は国民の皆さんが納めてくださっている税金で成り立っています。私たち政治家はその苦労に報いるような国会を行うべきではないですか。そのためには玉園議長の進行に従うべきです」
「開総理大臣、発言を続けてください」
玉園の声が一段と響いた。会場内のどよめきが混沌とした呟きに落ち着いたからだ。今度は彼の毛髪が一本も舞わなかった。
「犬走議員とは、金銭や約束事のやりとりは一切ございません。ただ、彼にとって何も利益のない私を国会の盾として立ててくれました。彼も私も人間です。自分の利益にならないことにボランティア精神で一般人を政治家にさせたことも、私がその誘いに乗ったことも酔狂だと思われるのもごもっともです。なので、納得のいくまで彼のことも私のことも調査なさって構いません。ただし、その費用は国民の皆様の負担である血税で賄わないでください。では、次の発言は私の政策への質問であることを、強く強く望みます」
強く、のフレーズを言葉通り力んで言ったので、お尻から小さな空気砲がどさくさに紛れて出てしまった。私の真後ろに誰も着席していなくてよかった。あとで石嶋から小言を言われるかもしれないが。彼が私の母である深雪に似てしまう日も、そう遠くない気がした。
そこで玉園が新たに、発言を許可した。
ベリーショートヘアに黒のパンツスーツ、ワイシャツに虹色のネクタイを着用していた。
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