第8話
週末明けの月曜日、私と伊吹、弥生は大学の学生支援課に呼び出された。
「あなたたちがやったことの重大さ、分かってますよね? しかも松永くん、あなた教職課程を受けているでしょう。人を導こうとする者が生徒の示しにならないことをしてどうしますか」
二人のインスタグラム投稿は学内でも有名だった。そのうちの、私を敵視している生徒が学生支援課に報告したらしい。ちなみに私は自分を嫌う者への関心がないので、嫌みを嫌みで返す程度のことしかしていない。
「二人はこの件で十分反省しています。SNSの脅威を身をもって体験したのですから、賢い二人は今後一切このようなことはしないでしょう。また松永くんはこの経験を用いて、近い将来、生徒により説得力のある指導をするはずです。問題は、年長者である私が導けなかったことです。その責任を、私一人が負います」
伊吹も弥生も、これが私の仮面を被った顔だと分かっていたはずだ。それなのに、責任と言い出した瞬間、それまで俯いていた二人がこちらに振り向いた。
「まずは通信制大学へ編入し、同時に首相に就任します。自分の発言を守らないと」
「いや、そうじゃなくてね」
「ついでに言わせてください。お忙しい方々にこうしてお時間を割いていただいたのですから」
私はまだ一般人だった。人をそれなりに扱えば、大体のことに耳を傾けてくれる。内容を理解してくれる保証はないが。
「社会人としてそれなりに経験してから大学に入ったつもりですが、この二年間、勉学以外にもまだまだ知らないことばかりでした。私の高校時代の同級生が大学生だったころと変わらず、今の学生もアルバイトしなければ語学検定料をまかなうこともままらない。奨学金を借りなければ大学に行くことすら叶わない。もちろん旅行や留学先での小遣いを貯めるという目的でアルバイトをする生徒も多いですが、すくなからず、学生のうちから自身の労働力によって資産を形成する必要があります。社会を経験しないまま大学生になった彼らに、器用に学業との両立が図れますか? 無理でしょう。確かに、授業中の居眠りや宿題提出の遅れは学生として好ましくないですが、家庭環境は大学側の不可抗力です。どうしようもできないことなんです。でも、本当は彼らも日本に対して、声を上げたいんです。その結果、インスタグラム投稿にどのようなコメントが投稿されていますか? ご覧になっていないとは言わせませんよ。事実を確認せず、特定の生徒からの一方的な連絡を真に受けて、対象の生徒を呼び出すような愚かな方々ではないと信じていますからね」
「我々が愚かだと?」
「だから、そんな方ではないと信じていると申したではないですか。お話、聞いていましたか?」
「愚かだと言った!」
大学の上層部には日本語が通じなかった。私たちが呼び出された時間を返してほしい。
「あなたが通信制大学へ編入するための退学意思は了承します。他の生徒にこれ以上の悪影響を及ばされては敵いませんからね」
「悪影響? 僕たち、真波さんにどれだけ助けられたかというのに! 彼女は勝手に、自分の責任だと言いましたが、これは僕たちが悪ノリでやったことです」
「そうです。真波ちゃんがどれほど多くの生徒に慕われとるか、知っているでしょう」
伊吹と弥生が身を乗り出した。
「松永くん、君、教職に就けなくなってもいいのかね。早坂さんは台湾へ、大学からの派遣留学希望で申請しとったでしょう」
二人の肩が強張った。
「やめろ。二人の気持ちは嬉しいけど、自分を犠牲にしてまで庇われたくない」
二人の脚が震え、瞬く間に崩れた。椅子に尻が着き、今度は両手が震えていた。大人への恐怖ではなく、非力さへの悔しさだということが私には分かっていた。私にも経験がある。
「ということは、編入の意思も認めてくださるということですよね? 三年次編入のために二年間の単位が必要であることも、ご了承いただけているということでよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。あなたが二年時を修了するまで大人しくしてくださるというのであれば」
私はまだ一般人、一般人。そう言い聞かせて胸の鼓動を抑えた。
社会人枠での受験だったため、四年間授業料半額で通えたのはありがたいが。
独裁社会は、どこにでもあるんだな。
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