第40話(最終話) おちこぼれ幼女の成長記録
それから俺の進級が決まったのは、二週間後の朝だった。
「はい。こちらこそ。ありがとうございます!」
ガチャリと電話を切る。小学校の校長からだった。どうやら牧野先生がいなくなったことで、生徒たちの勉強のやる気がアップしたらしい。今回のテストの平均点も、過去最高だったという。
後日、牧野先生のクラスの生徒たちや彼らの保護者から、大量の手紙と菓子折りが届いた。内容は『先生を倒してくれてありがとう』だの、『蒼真さんのおかげで子どもが楽しそうに勉強をしている』だの、そんなようなものばかりだった。
あとから聞いた話だが、牧野先生は離婚してからあんなに狂った指導をするようになったらしい。ストレスで娘に当たってしまい、言うことを聞いてくれなくなったんだとか。その反動が、自分の生徒に出てしまったというわけだ。
「おちこぼれ幼女の成長記録、ね」
いせみんがノートをパタリと閉じる。それは、俺が一年間毎日書き綴っていた日誌。表紙には、でかでかとそんなタイトルが付けられている。
「君はよく頑張ったよ」
俺の肩にポンっと、いせみんの右手が乗った。いつもと違う、彼女の優しい笑顔が俺を包み込む。
「今さらかよ」
もっと前から褒めてくれてたってよかったんだぜ。俺は厳しくされるのが嫌いだからな。
「三年からは忙しくなるぞ」
「ああ。上等だ」
ニヤリと笑うと、いせみんは俺に背を向けて玄関を出て行った。そんな彼女の姿を目で追って、俺は足元に置かれた荷物を肩にかける。キャリーバッグなんか持っていたら、まるで家出したみたいだな。なんて、そんなことを考えながら寮を出ようとした。
「あ、これ……」
靴箱の上に立てかけてある一枚の写真。夏休みにキャンプへ行った時、みんなで撮ったもの。俺と四人の、唯一の思い出の品。危うくここに残したままにするところだった。この写真、苺花たちにもあげればよかったな。もう、五人で集まることはないだろうし。
写真立てから中身を取り出した。ほんと、俺どこ向いてんだよ。プリクラの時もそうだったけど、俺って写真写り悪いのかな。なーんて。
ポケットに写真をしまおうとした。その時、裏側に何か書いてあるのが見えた。
「え……」
『またね!』
苺花の字だ。何度も見てきたから分かる。苺花の、丸っこくて大きな字。
「……なんだよ」
思わず笑みがこぼれる。
俺は写真をキャリーバッグの中にしまった。鍵をかけ、一年間過ごして来た寮を出る。
外には散りかけた桜の木。花びらがヒラヒラと俺の頭に落っこちては、地面に落下していく。
「帰るか」
高校とは反対側の道路。俺の家がある方へと足を動かす。
もう、ここには誰もいない。
「じゃあな」
なんとなく飛び出したその言葉。地面いっぱいに敷かれた桜の花びらを踏みしめながら、俺は寮に背中を向けた。
おちこぼれ幼女の成長記録 一七 @hina_0107
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