勇者モブ男、日常に戻る。
清水裕
勇者モブ男、日常に戻る。
「おはよー! 昨日のドラマ見た?」
「よっすー。見た見た! カッコよかったよな。捕まった相棒を助けに行く主人公って最高だろ!」
「最近有名なイケメン俳優コンビな上に『お前、何で……!』ってセリフに『相棒だからに決まってんだろ!』って迫真の演技がもう最高だよね!」
朝、ホームルームが始まるまでの時間。チャイムが鳴る前に集まったクラスメイトたちは和気あいあいと楽しみながら話している。
そんなクラスメイトをチラッと見るオレ。……まあ、空気レベルに存在感が薄いからオレのことをクラスメイトと認識されているかは分からないけどな。
まあ、でも、この光景をオレ――モブ男は本当に懐かしく感じてしまっていた。
(自宅アパートを出てから20分しか経っていないけど、向こうの世界だと20年は経っていたからな……)
学校に向かうためにアパートを出て5分ほど。そこでオレは異世界に召喚されてしまったのだ。
足元が急に光り出したら、よく分からない場所にいたし、何だか劇の最中なのかと思えるような状態。当然それを見た瞬間は何があったんだって混乱した。
しかも偉そうな王様みたいな恰好をしたおっさん(ガチで王様だった)が『よくぞ我らが願いを聞き届けて来てくれた勇者よ!』とか言って、オレは魔王退治に送り出されることとなった。
まあ、一応戦う力を理解していないとか分かっていたからか、初めの半年ほどは城の中で魔法や戦いかたの訓練をしたよ。
それである程度戦えるようになったら、魔王退治の旅にいざ出陣と来たもんだ。
そこから始まる冒険の日々。
苦難もあったり、かけがえのない仲間とも出会うことが出来た。
モンスターと戦うのは当たり前だったし、魔王四天王とかとも戦うことになったりもした。時には山賊と戦ったりもしたし、他国で冤罪を着せられそうになったときはその国の騎士とやり合ったりもした。
恋人……は出来なかった。良いなぁって思う女性が居たりしたけど、かけがえのない仲間と何時の間にかくっついたりしてたし、子供もつくっていやがった。
そのことに祝福したりしたけど、かなり羨ましかった。
まあ、なんて言うの……?
普通は勇者ってお姫様と結ばれるんじゃね? と思うけど、お姫様はイケメン騎士団長とくっついたからセオリーなんてあるわけねぇと思った。
しかもよ、しかも、最後の魔王との戦いでは仲間たちのほとんどは結婚してたし、恋人だっている奴もいた。
挙句仲間のひとりは「おれ、この戦いが終わったら彼女と結婚するんだ」とか死亡フラグおっ立てる奴もいた。
だから、心の中で血の涙を流しながら言ったさ。
「あとはオレだけで良い。お前たちの明日は、オレが創ってみせる」
って平凡顔ながらもイケメンレベルなセリフをほざいたさ。
そんなオレの言葉にふざけるなと反論したりした奴もいた。というか、言ったのは死亡フラグおっ立てた初めの町の門番(レベル99)だよ。
いや、だからお前が同行したら絶対にお前死ぬからな死亡フラグ製造機!
心からそう思いながら説得を試み、本気で悔しがっている者と死ななくて済むことにホッとする者に分かれていたが……くそ、リア充どもめ!
「モブ男……いや、勇者様。あなたの勝利を祈らせてくれ」
手を組んで祈る者たちに見送られながら、オレは魔王のもとへと向かい……死闘のすえに勝利した。
そして、凱旋パレードとか勇者が褒め称えられるとかな祝い事が行われるよりも先に召喚に手を貸していた女神の手によってオレは元の時間に戻された。
ちなみに魔王を倒したというのと勇者が元の世界へと帰還したのを知らせるために、世界中に見えるレベルのとてつもない光の柱が一直線に昇っていたらしいが……何か体よく追い払われたよな気がするんだけど?
まあ、そんなこんなでオレは高校生の体の中にアラフォーの精神を持っている……いわゆる、見た目は学生、頭脳はおっさんな某名探偵な状態となっていた。
そして運が良いことに魔法などの知識も消えていないし、所持数制限のアイテムボックスにはいくつかアイテムが残っている。
つまりはオレTUEEEE! が出来るようになっているってわけだ。
――と、足音が廊下から聞こえるから、そろそろ先生が来るな。
そう思った直後、教室へと担任の阿倍野先生が入ってきた。
「おはようございます。委員長、朝の挨拶をお願いしますね」
「は、はい! き、起立――れ、礼! ちゃ、着席!」
真面目だけど気弱な性格の三つ編みメガネ委員長の小鳥遊さんの小動物じみた挨拶で全員が立ち上がり、阿倍野先生へと挨拶をして一斉に座る。
そんなありふれた行動だけど、やっぱりすげ―懐かしい。
あー、本当に帰ってきたって気がするわ。ビバ、ありふれた生活!
そこに色づくようにオレTUEEEE効果で授業で目立つ存在になること間違いない!
だけどそこであえて「あれ、オレ何かやっちゃいましたか?」って言ってやるんだ!
「今日は皆さんに転校生を紹介します。さ、入ってきてください」
転校生? 唐突だな。そう思いながら転校生が入ってくる扉を見ていた瞬間、ズシッと魔力の圧を感じた。
っ!? この魔力――ど、どういうことだっ!? 奴はオレが倒したはずなのに、何で生きているんだっ!?
戸惑うオレを他所にその魔力の持ち主は教室へと入ってくる。
髑髏や死者の怨念というデザインで創られた頑強な鎧、目元はぼんやりと暗く光っており、見る者すべてを恐怖のどん底へと陥れるかのような最悪の存在。
そいつは異世界に君臨していた存在であり、オレが20年のときをかけて旅をしていた目標。……時間にして言えばつい20分前に倒した相手。
『グハハハハ、我が名は魔王デスドラゴ! いま担任の紹介に預かった転校生である!!』
「っ! ま、魔王っ! 何故お前が生きている!」
「はい、魔王デスドラゴさんの席はモブ男くんの隣の席になりますからねー」
『グハハハハ、知れたことよ! 貴様に倒される瞬間に我は分身をこの世界へと投げ込んでいたのだ! どうせあの性悪女神のことだから我を倒せば貴様はあっさりと元の世界に戻されると踏んでいたが、よもやその通りだったとはなぁ!』
「くっ! みんな、逃げてくれ! こいつは危険な存在なんだ!」
というか何で阿倍野先生は平然とコイツを転校生と紹介したんだよ!? どう見ても100%異様な存在だろう!?
心の底からそう思いながら、アイテムボックスから聖剣を引き抜く。
魔王を倒した直後に送還されたからか、聖剣も持ってるし、伝説の勇者が使用していた防具も持っている。だからこいつの相手をするのは苦ではない。
だがここに居るクラスメイトは別だ。彼らは何の力もない一般人であるため、人質としか思えない。
周囲に大勢の人質が居る状態で戦うのはあまりにも危険すぎる!
どうすれば良いのか焦りながら聖剣を構えていたオレであるが、クラスメイトたちはまったく動かない。状況を理解していないのか!?
「何をしてるんだ! みんな、はやく逃げて!」
「そろそろ授業が始まってしまいますので、魔王デスドラゴさんはちゃんと席に座ってくださいねー。というか、モブ男くんもおもちゃを振り回してたらダメですよ?」
――バキッ、ペキッ。
『ゴハッ!?』「はぇ?」
まるで聞き分けの無い子供を躾けるかのように魔王デスドラゴを阿倍野先生が小突いた瞬間、魔王の体は宙を舞って転校生の席として用意されていたであろう椅子に頭からゴール。
そして瞬く間に目の前に移動してたと思ったら、手に持っていたクリップボードで聖剣を軽く叩くと聖剣はあっさりと折れた。
え? え? ……ぅえ?
「せ、せいけーーーーんっ!!」
『すす、すまないのじゃ。すまないのじゃ! 大人しくするって約束忘れてたのじゃあ……! ごめんなさいなのじゃあ……!』
「わかれば良いのですよー。あ、チャイムが鳴りましたね。さ、授業を始めましょうかー。あとモブ男くんはあとで生徒指導室でお説教ですよ?
あんな玩具でも、振り回したら危ないんですからね!」
な、なにこれぇ……?
プンプンと怒る阿倍野先生とぽっきり折れた聖剣を見比べながら唖然としてたが、ちゃんと座れと言うようにクリップボードをスッと掲げた瞬間、オレは授業を真面目に受けることにした。
●
……異世界召喚された元勇者だから、オレTUEEEEができると思っていました。
ええ、本当に思っていました。
100m走で凄いタイム出したり、流暢な英語をペラペ~ラと話せて凄いとか思われたいとか思っていました。
でもさ、これはあんまりじゃないかな女神さま……。
「うぅ、ごめんなさいなのじゃ、ごめんなさいなのじゃ。我はちんけな魔王なのじゃ。というか魔王でもないのじゃ。ゴミなのじゃ。マジでゴミなのじゃ……」
クラスの隅っこでキノコを生やしそうな勢いで落ち込み縮こまっているデスドラゴ……いや、実際はデスドラゴの娘でデスドラコというパチモン臭い名前のロリ魔族だった。
それが阿倍野先生が居なくなった途端に調子ぶっこいてクラスメイトにいちゃもんつけたと思ったら、ボッコボコにされていた。
というか真面目な小動物系クラス委員長に喧嘩売ろうとした瞬間に、彼女の両隣に座っていた物凄いイケメン2人にボッコボコにされていた。
「いや、なぁにこれ……。いや本当、なぁにこれ?」
「大丈夫ですか、僕のマイレディ」
「おい、貴様のマイレディではないだろう。こいつは俺の物だ」
「あ、あわわ、ケ、ケンカしないでくださぁい!」
あ、これアレだ。
小動物系クラス委員長って、乙女ゲームな感じの異世界に飛ばされていたに違いない。
で、この2人ってどう見ても攻略対象キャラってやつだよね? しかも、印象的に王子様と魔王様って感じのやつー。
しかも一瞬で魔王の鎧ぶち壊した強さから、オレなんて全く歯が立たないレベルの強さだこれー。
挙句、そんな過剰戦力2人を攻略してしまっているクラス委員長だけど、イチャイチャしてるって感じじゃないと来たもんだ。
「というか、気づいたら見なれないクラスメイトが増えてる? しかも、何名かは見た目も変わってないかこれ?」
昨日までオタクだったはずの男子が救世主伝説の登場人物な感じの雰囲気と見た目になってるし、3人組のギャルが何かケモミミ生やしてる? ――って、何かロボもいるーーっ!? しかも、窓の外を見たら巨大ロボもいるっ!?
え、いや、本当ナニコレ? これって何名か人間やめてるよね?
しかも、全員強い。……あれ、この中でオレって、一番弱くね?
いや、絶対にそうだよね?
心の底から再認識してしまったオレはしばらく落ち込みはしたけれど、どう頑張っても主役に離れそうにないと理解してしまっていた。
というか勇者のライバルポジションの魔王(の娘)自体が心へし折れて蹲っているので無理と判断。
なのでオレはモブで十分です。異世界で勇者してたけど、元の世界ではモブで十分なんです。
そう心から思い、静かに学生生活を過ごすことを選ぶことにした。
……ちなみに帰宅中に落ち込んだデスドラコが公園の段ボールハウスに帰っていくのを見てしまったので、思わず野良猫とか野良犬を拾う感覚で家に持ち帰ってしまったが仕方ないことだろう。
しかも年期が入っていたからか、デスドラコからはかなり野性味あふれる臭いがしたから速攻風呂に投げ込んだのも仕方ない。
そしてこのまま追い返すのも気が引けるということで部屋に置くことになったのも仕方ない……のだが、ここ最近のデスドラコがオレを見る視線が妙だったりする。
こう、なんていうか……こう、なんだ?
――って、おい、何で覆い被さってくる! ちょ、待て!
え、なに、惚れた!? まて、だから待て、ステイ、ステイ!
――――アーーーーッ!!
……ナニがあったのかは言うつもりはない。
けれど、まあ……うん、こんな終わり……というよりも、学校生活の始まりでも良いか。
大好きってオーラを振りまきながらオレの腕にしがみ付いているデスドラコを見ながら、オレは話を締めくくることにした。
勇者モブ男、日常に戻る。 清水裕 @Yutaka_Shimizu
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