第42話「学校」
ダーリントンで学校を始めたというウォリック夫妻の娘、メリッサは四十代前半の女性だった。夫人よりも父親のウォリック氏に似ている。
黒髪に白いものがちらほらと見えるけれど、目が生き生きと輝いて精力的だった。
学校と言ってもささやかで、小さな平屋の建物だから生徒数もそう多くはない。生徒は地元の女の子ばかりだ。
教員はメリッサの他に一人だけ。メリッサの姪でクララという。
私もクララと一緒にメリッサの家に下宿させてもらうことになっている。
こうも女性ばかりならば、心配せずとも新たな恋が始まることもないと苦笑した。
ウォリック夫妻への恩返しも込め、私は懸命に仕事に取り組む。
ドレスや帽子といった服飾品は、教員として見苦しくなければいい。流行も知らない。
それでも、すべてを失った後の私には充実した日々だった。傍から見たら修道女のように面白みのない仕事に見えたとしても。
子供たちが物を覚え、成長していく姿には感動もある。事あるごとにナンシーを思い出して、あの子はどうしているかなと考えてしまうけれど。
ナンシーはもう村の学校へ通い出しているはずだ。私と過ごした時が少しでも彼女の助けになってくれたならいい。
家には――母にもまだ私がどうしているのかを報せていない。
怖いからだ。母に手紙を送れば、義父やジョセフにも知られる。私はもう、利用されたくはない。
母には心配をかけて申し訳ないけれど、まだ決心がつかなかった。
フレデリック様はジョセフたちを訴えただろうか。
ジョセフたちは狂犬病に侵されて無事では済まなかっただろうか。
何もかも、私自身が知りたくないことばかりだった。受け止めきれるようになるまでは静かに暮らしていたい。
一度傷ついて疲れた私の心が、ヨークシャーで立ち直りかけて、そしてまた以前よりもずっと脆くなった。皮肉なものだ。
あの美しい花々を見て癒された日々も、今は思い出すのもつらい。いつも隣にフレデリック様がいたから。
◆
そうして秋が過ぎ、冬に入った。
ダラム州の冬は、ヨークシャー以上に寒かった。
部屋で毛布にくるまりながら震えていた。今になって思えば、あの屋敷での私の待遇は客人そのものだった。
暖炉の火は常に赤々と燃え盛っていて消えることがなく、薪や石炭を私のために惜しげもなく使ってくれた。
今の私はただの教員だから、あんなお屋敷で過ごすことはない。寒さに震えるのも、それに耐えるのも当然のことなのだ。
雪が降るクリスマスも慎ましく過ごした。
ウォリック夫妻にクリスマスカードを送ったくらいだ。
そんなつらい冬が過ぎ、春が来る。
雪解けの後、小川のせせらぎにも優しさが感じ取れる。花々が咲き、小鳥が歌う春だ。
学校の生徒たちと
あの胸が震えるほど美しかったブルーベルは、今年もまた変わりなく咲いているのだろうか。あの日のことを想い、私はブルーベルと同じ色の絵の具には触れられなかった。
思い出がどんなに輝いていても、その後に押し寄せた苦痛が蘇ってしまう。
生徒たちがすっかり帰った後、メリッサとクララと教室で話し込んだ。
「ここへ来てから一度もお休みを取ってないけど、ロビンは家に帰らなくていいの?」
クララが無邪気に訊いてくる。私のひとつ年下で、細い眉毛が表情豊かに動く明るい子だ。
「ええ。家族とは折り合いが悪くて」
笑顔で答えた。もうこの話題には触れないでほしいという意思表示だが、クララが察知してくれるかどうかはわからない。
「そうなの?」
興味津々な目をしたクララにメリッサが割って入る。
「姉さんから手紙が来たんだけど、ジェフがこっちに来るかもって。本当?」
どうやら身内の話らしく、私にはわからなかった。けれど、メリッサが気を回してクララの関心を逸らしてくれたのだという気がしたので黙っていた。
「そうなの。兄さんったら辺鄙なところに飛ばされたからなかなか会えないんだもの。早くこっちに来られたらいいのに」
どうやらクララの兄の話らしい。兄がいることは知っていたけれど、私の家族のことを訊かれたくなくて、私もクララに家族の話は振らなかった。
私は生徒たちが使った絵の具の片づけを始め、二人の会話から逃れた。
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