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第40話「叔父との対面」

 私はどこへ行けばいいのだろう。


 家には戻れない。ロンドンにも居場所がない。

 藁にも縋る思いで向かったのは、叔父のいるダラムだった。


 一度も顔を合わせたことはないけれど、手紙のやり取りだけはある。叔父のいるダラムで働き口を探せないだろうか。


 今の私は誰とも繋がっていない。前はそれを不安には思わなかったのに、今はどうしようもなく心細い。

 誰でもいいから優しい言葉をかけてほしかった。


 私の所持金は、こう何度も移動するには心もとない。こんなことを繰り返していたのではすぐになくなってしまう。

 金銭的な不安もあって、私はひどい孤独に逆戻りした。




 この時の私は、自分でもかなり危うい状態にあったと思う。

 足が痛くてふらついていたし、どうやって汽車に乗ったのかも覚えていない。二等客室に乗り合わせた年配の夫婦が、そんな私を心配してくれた。


「お嬢さん、どちらまで行かれるのかな?」


 頬髯に白髪の混ざった男性が私に問いかけてくる。


「ダラムまで行こうと思っています」

「あら、私たちと同じね」


 小柄で優しそうな夫人が微笑みかけてくれたけれど、私は短く答えて会話を切ってしまった。その夫婦は私が話しをしたくないのだと気づき、それ以上何も問いかけてこなかった。


 窓ガラスに映る私の顔はあまりにも情けなくて、ここに知り合いがいなくてよかったのかもしれないと思うことにした。




 私が生まれたのはここなのだと話には聞いたけれど、二歳になる頃には引っ越したという。

 ヨークシャー以上に何も覚えていない。というより、知らない。初めて来たのと変わりない。

 だから、駅に降りるとただぼんやりとしてしまった。


 平坦な野が続いた後に見えた川沿いの台地に大聖堂と城がそびえ立っている。叔父はずっとこの地にいたのだろうか。


 思えば、私と叔父とのやり取りが始まったのは、私が寄宿学校にいた頃だ。叔父の方から学校に手紙をくれた。

 今まで私の消息がつかめなくて、やっと捜し出せたのだと。


 父と母は、両家とも納得しての結婚ではなかった。そのせいで親族とは喧嘩別れに近いものがあったということだけは聞いている。だから、その子供である私には誰も財産を残してくれない。


 けれど、叔父だけはそんな私を本当は気にかけていると手紙をくれた。

 困った時には少々の援助をさせてほしいと書いて寄越してくれたのだ。


 今、金銭的な援助を求めに行くのではない。ただ会ってみて、叔父が本当に私の味方なのかを知りたかった。そうしたことは言動に出るのだから、会えばわかるはずだ。


 私は叔父から来た返事の封筒を手に、そこに書かれている住所を人に訊ねながら見知らぬ町を歩いた。




 叔父は商売をしているようだ。

 辿り着いた先の看板を見て初めてそれを知った。雑貨屋だろう。


 何人か人を雇っているらしく、荷馬車から木箱を下ろす男性たちがいた。ガツン、ガツン、と音を立てていると、中から中年の男性が怒鳴り声を上げて飛び出してきた。


「おい! 大事な商品なんだぞ! もっと丁寧に扱わないか!」


 従業員たちは、すみませんと小声で謝っていた。私は出てきた赤毛の中年男性の顔を見て、ハッとした。

 赤毛で、どこか父に似た雰囲気があったのだ。ただ、顔立ちは似ているものの、印象が違う。父は大らかでいつも微笑んでいたが、この男性は眉間に深い皺を刻んでいた。


「あんた……」


 その人も私を見て何か感じるところがあったのかもしれない。

 私を見て動きを止めた。だから、私は確信して言った。


「叔父様ですか? 私はロビンです」


 感極まっていたのは私だけで、叔父は顔をしかめた。その温度差に、私の心は勘違いに気づいた。


「ロビン……どうしてここへ来た? 話が違うじゃないか」

「は、話というのは?」


 私が戸惑っても、叔父は嫌そうに首を振る。


「勝手に、なんの約束もなしに来たんだな?」

「え、ええ。連絡をせずにすみません。でも、どうしても叔父様にお会いしたくて……」


 姪の顔を見てもまったく嬉しそうではない。それどころかひどく迷惑そうだ。

 この対応に、私はどうしていいのかわからなくなった。ただ、ここへ来たことを後悔しただけだった。


「そうか。じゃあ会えてよかったな。言っておくが、これで手紙のやり取りは終わりだ。さあ、帰りなさい」


 あからさまな拒絶。

 いつでも私の幸せを祈っていると、度々手紙に書いてくれたあの優しさはなんだったのだろう。


 まるで別人だ。あの手紙は一体なんのために私のもとへ送られていたのだろう。

 愕然としつつも、私はもう何も言えなかった。


 叔父は明らかに私を厭っている。関わり合いになりたくないと全身で語っている。


「……失礼しました」


 それだけ返すのがやっとで、私はその場から逃げるように駆け足で去った。

 もちろん、誰も追いかけては来なかった。

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