お手合わせ

千秋は、陽の光を久々に浴びたような気がした。

朝の淡い光。寒空の下をあてもなく彷徨った。

千秋は、深緑に彩られた木々たちの影に覆われていた。

おおよそ10mは超えているであろう大きさの木の並ぶ場所だ。

まるでジャングルにいるような、そんな感覚に陥る程だった。

血に濡れた川も、力無く拍動する心臓も、全てを忘れてしまいそうになる。

そんな世界に魅了されていると、後ろで枯葉がクシャッと崩れる音がした。


「何をしてるんです?肌寒いので風邪を引きますよ」


振り返ると、マナが厚着をして立っていた。

白く、襟元がモコモコとしたコートだった。


「そうか...帰ろう。マナ」


「はい。私も丁度、見回りが終わったのでね」


二人は、家のある方へ歩み進めた。

正直、この付近の景色は見飽きるほど同じだった。

仕方なく、俯きながら歩いた。


「あら、そんなに俯いて。暗く見えますよ」


「うるせー」


「そんなにつまらないですか?この場所が」


マナは何かを察したように呟く。


「そりゃそうだ。いい場所だけど代わり映えのしないからな」


「そうですか?」


マナはそこで立ち止まった。


「少し上を向いてみてください」


「なんだ?」


「さっきより、少し違う景色に見えませんか?」


「確かに...木の枝の先まで見える」


「そうです。同じ景色でも見えてない場所があるんです。それに、視覚だけではありません」


マナはそういうと、深く深呼吸をした。


「匂いはどうですか?木の匂いが香る、透き通った空気ではないですか?」


千秋も深呼吸をした。

心が安らかになる匂い。あの時のような透き通った空気だった。


「そうだな...悪かったな、あんな事言って」


「ふふ、分かって頂けて何よりです」


マナは、微笑みながら言うと、また歩き出した。

千秋も、できるだけ近づいて、後を追った。

しばらくすると、家が見えてきた。

こじんまりとした、木製の家だ。

ドアを開けて家に入ると、包み込まれるように、暖かい空気が出迎えた。

そのまま廊下を進み、リビングへ入ると、二人は向かい合う椅子に座った。

千秋は、マナの顔を見つめた。

整った顔立ちだな、と感じていた。

マナは千秋と目が合う度に、嫌そうに顔を顰めた。

そして、千秋が口を開いた。


「マナ、俺さ。やりたい事があるんだ」


「というと?」


「俺、AIに侵略されたシブヤを救いたいんだ」


「...」


「AIに親を殺されてから、俺はずっと夢見てきた。AIを絶対止めてやるって」


「そうですか...」


マナは白いコートを脱ぎながら、立ち上がった。


「コーヒーくらい入れましょう。冷え込んだ体は欲しているはずです」


凛々しく言ったはいいが、彼女は不慣れにお湯を沸かし始めた。


「あつ!」


「ちょっとマナ!?」


マナは指先を抑えて声を上げた。


「マナは座ってて、俺が入れるから」


「...すみません」


マナはしょんぼりした顔で渋々席に座った。

千秋は、お湯を沸かし、2つコップを用意した。

ペーパードリップを使い、コーヒーを入れると、机の上に差し出した。


「はい、コーヒー。お口に合うといいけど」


マナはゴクッと喉を鳴らした。


「ブラックですか...」


「ミルク必要だった?」


「いえ...別になんでもいいので」


「そう、俺はミルク入れちゃお」


「あら、ブラック飲めないのね」


マナはうっすらと笑みを浮かべた。


「子供だからね。苦いのはやだよ」


千秋はミルクを入れると、少しかき混ぜた。


「うぐ...美味しい。コーヒーなんて初めてのんだな」


「苦いのは知ってたんですか」


「まあな。教養は少しくらいならあるもんよ」


千秋は、コーヒーを擦りながら答えた。


「そうですか...では、話の続きを」


「何話してたっけ」


千秋は、とぼけて言った。


「AIに侵食された──とかなんとか」


マナは曖昧な記憶を探りながら言った。


「あぁ、その話ね。おそらくだけど、相手の数は数え切れないほどいると思うんだ」


「そうですね。シブヤは日本国の首都ですしね。それなりの数はいるでしょう」


「だからさ、マナがいいなら、俺と一緒に着いてきて欲しいんだ」


マナが真剣な面持ちに変わる。


「いいですけど──あなたの実力でそこまでいけるんでしょうか?」


「な、」


喉から反論の言葉は飛び出さなかった。

彼女の言っていることは至極当然だった。


「シブヤ、という場所なら戦利品も充実しているし、実力も高いAIも多いことでしょう。あなたの実力でその壁を乗り越えられるんですか?」


「ある程度はあるって...」


「じゃあ、その実力とやらを見せてくださいよ」


マナは目線を鋭くする。

そして、一気にコーヒーを胃に流し込むと、言い放った。


「私がお手合わせしてあげましょう。話はそれからです」



外は相変わらずの寒さに包まれていた。

ただ、マナの雰囲気はいつもと違うように見えた。

冷たいが、少し暖かい、いつもの彼女は、殺意に満ち溢れた殺し屋のような目つきをしていた。


「されど木刀。ですが、実力を図るには十分でしょう」


マナと千秋は、木刀を構えあった。


「では始めましょうか」


千秋は、踏み込んだ。

その衝撃で枯葉が舞いあがる。彼女との距離はすぐに縮まった。


「はああああぁ!」


千秋は勢いよく一文字に斬る。

マナは、ひらりと交わすと、有無を言わさぬ袈裟斬りを斬り返した。


「ぐおおおお...」


(なんだこいつの腕力...刀がビクともしねぇ...)


千秋は、マナに圧倒され吹き飛ばされた。


「なんだお前...めちゃくちゃ強いじゃねぇか」


マナは何も言わずにまた迫り来る。

千秋はマナ目掛け、剣を振った。

しかし、千秋の木刀は空を斬った。


(まずい、この距離は...)


千秋の攻撃には、あまりにも隙が大きすぎた。

マナは手加減することなく、肩から腰へかけて木刀を入れた。


「ぐああああ...!!」


千秋は成されるがまま、吹き飛ばされた。

枯葉が、千秋にのしかかるように降り注ぐ。

マナは木刀を鞘にしまうと、千秋にゆっくり近寄った。


「大丈夫ですか...?」


「あぁ...なんとかな...」


「少し手加減が必要でしたね。すみません。立てますか?」


マナは千秋へ腕を差し出した。


「ありがとう」


千秋はヒンヤリとして手を握りたちあがった。


「家に戻りましょう。そろそろお昼時ですし」


「何作ってくれるの?」


「...卵焼き...ですかね」

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