袖振り合うも多生の縁

「はい!これで3連続大富豪!」


「はぁ!?面白くないって」


「まぁ所詮トランプだ。そう熱くなるな」


ダクターは冷静に振る舞う。


「ほんとに強いなエフィリスさんは」


「エフィリスさん!?エフィリスでいいからぁ」


エフィリスは猫耳をピンと立てて言う。

彼女の満面の笑みは、千秋自身も明るい気分になる。


「ふん、フォードにも負けて俺にも負けるのか。随分と調子が悪いんだな」


「なんだとダクター!」


マイリスはダクターの嘲笑に、昂った。


「まぁ落ち着いて」


フォードは止めに入るが、彼らの散らした火花は、収まることをしらない。


「お前のThe 知的みたいな態度、鼻につくんだよ!」


「はぁ、これだからお前は。負けたのは自分のせいなのに俺に当たってくんなよ」


マイリスは、怒りで震える拳を握りしめる。


「お前なんて最低だ!こんな集まり出て言ってやる!」


マイリスは勢いよくドアを開けると、割れた窓から外へ飛び出して行った。


「マイリスさん!」


エフィリスは窓から叫んだが、既に彼の姿は茂みの中に隠れていた。


「...あんな奴なんだ。これからの活動でも俺らには馴染めなかっただろ」


ダクターは冷たく言い放つと、トランプが散乱した部屋へ戻っていった。

フォードも部屋へ戻ろうとするが、エフィリスに袖を引っ張られた。


「今はひとりにしてあげましょ」


エフィリスは、フォードの袖を引っ張りながら外へ出た。

夜の冷たい空気のせいか、エフィリスの手は少し震えているような気がする。

しばらくし、ついた先は小川だった。

やっと袖をひっぱっていた手を話すと、


「ここの川ね、葉っぱに願いを込めて流すと、願いが叶うって言われてるの」


と、エフィリスは言った。

彼女は座り込み、地面に散らばっている葉っぱをひとつ拾うと、フォードの方を向いた。


「ね、フォードはどんなお願いするの?」


エフィリスは笑っていた。純粋無垢な素敵な笑顔だ。


「こういうのって言うと叶わなくなるもんじゃないの?」


「そんなの迷信だよ。私は『マイリスと、ダクターが二度と喧嘩しなくなりますように』ってお願いする!」


「そう...」


フォードは川へ目線を移しながら応えた。

川沿いに木々が生い茂っているせいで、上流はよく見えない。

ただ透明な水に、舞い落ちた緑葉が、抗わずに流れているだけだった。

思わずフォードは深呼吸をする。澄んだ空気で体が満たされていくのを感じる。

空気を吐き出し、周りを見回してみると、先程の景色は一層美しく思えた。

血に濡れた世界でなければ、どれだけこの景色が尊いものだと感じられたことか。


「エンフィシス。君はどんな願いを───」


そう言いかけてエンフィシスの方へ目を移す。

その時、フォードが着ていた服に血が飛び散った。


「フォード...ガハッ....フォード....」


目に飛び込んできたのは、下半身と上半身が分離したエンフィシスの姿だった。

別れた体のあいだからは、腸のようなものが出てきていて、断面には黄色い皮下組織が見えていた。

エンフィシスが苦しそうに呼吸する度に、ちぎられた内蔵が膨らみ、ブブブブと音を立てる。

彼女から流れた生き血は、小川へ流れ出し、透明な水は、赤く染っていく。

そんな生きる死体のそばに、AIが立っていた。


「ニンゲン...コロス」


フォードは込み上げてくる吐き気を抑えながら剣を構える。

だが、AIの標的はフォードでは無かった。


「ギャアアアアア!!」


エンフィシスは金切り声をあげる。

AIは義手を上半身の中に入れて中で掻き回す。

彼女の内蔵に触れながら血液を掻き出すように動かす。


「やめろ!」


フォードはAIの首に剣を振る。

剣は首に刺さるが、硬すぎる兜に包まれたAIには、無傷とも言える攻撃だった。

それでも、AIはぐちゅぐちゅうと彼女の腸(はらわた)を弄った。


「ギギギ...ギギ ...」


エンフィシスの口からは、泡がふきでて、白目を向いて痙攣する。

AIはエンフィシスの上半身から、手をズルズルと抜いた。

手の中に握られていたのは、小さな心臓。まだドクドクと脈打っている。


「うわあああああああ!」


フォードは恐ろしくなり、その場から逃げた。

何も考えられなかった。とにかく走った。頭にさっきの心臓がフラッシュバックしても走り続けた。

もう、あの集まりには戻らなかった。振り向かずに走り続けた。

とつぜん、手足に力が入らなくなる。その場に倒れ込んでしまう。

起きようともがいても、彼は立ち上がれなかった。

暗く、冷たい森の中、彼の意識はどんどん遠ざかっていった。



目が覚めたら、千秋はベッドの上にいた。

はっとしてベッドから起き上がると、その付近にいた彼女がゆっくりと千秋の方を見た。


「目覚めましたか」


「あ...あぁ」


彼女は「よかった」や「死んじゃったかと思いました」とかそんなことは言わなかった。

表情筋を動かすことも無く、千秋の付近にたっているだけだった。


「調子はどうですか?」


「大丈夫だ...あなた誰なんだ?」


彼女は少し考え込むようにした。


「そうですね...『マナ』とでも呼んでください」


「マナ...ここはどこなんだ」


千秋は上半身だけ起こし、マナに問うた。


「ここは、ただの避難所ですよ。特に名称もないです」


「マナが俺を助けてくれたのか?」


「そうですね。雨に濡れてぐったりとしていたので。最初は死んでるかと思いました」


「死んでるって、縁起でもない」


「あら、失礼。でも初対面で敬語じゃない貴方もなかなか"変わってます"ね」


「直した方がいいか?」


「いえ、話しやすいほうでどうぞ」


マナは千秋の目を見ながら答える。

"不思議"だ。千秋はそう思った。

さっきからマナと喋っているが、彼女は未だに表情筋を1度も動かさない。

「冷静」という単語で片ずけるにはあまりにも言葉足らずだ。

千秋はマナに質問をした。


「なぁ、俺の体大丈夫なのか?」


マナは窓の外を見ていた視線をこちらに向ける。


「あなたが大丈夫なら大丈夫でしょう」


マナはため息をつきながら呟いた。


「そう」千秋は短く返事すると、ベッドから降りた。


「昨日から何も口に入れてないんだ。ご飯はないのか?」


「ありますよ。1階まで降りてきてください」


マナは千秋より先に下へ降りていった。

千秋は伸びをしてから、マナの後を追った。

階段を下ってすぐリビングがあり、4つの椅子が机の間で向かい合うようにして置かれている。

そのすぐそばにカウンターつきのキッチンが設置されている。

マナは、そこのキッチンで料理を作っている。


「なぁ、何作ってるんだ?」


「卵焼きです。私は洒落たものは作れません」


「作り方が分からないのか」


「作り方は分かります。料理の種類もある程度は。でも不器用なせいで作れないのです」


マナはふわふわと笑いながら応えた。

初めて感情が垣間見えた気がした。

そのうち、卵のやける匂いと、フライパンの底に菜箸が当たる音が聞こえ出す。

そして、卵焼きを皿に乗せて、千秋の前に差し出した。


「卵焼きです。久しく作っていなかったので、少々荒いですが...問題ないでしょう」


マナは、澄ました顔をしているが、奥に隠された恥に千秋は気づいていた。

千秋はふふっと笑みを浮かべた。マナは、不審そうに目を細めた。


「気味が悪いのでさっさと食べてください」


マナは、千秋に箸を乱雑に手渡した。

皿に乗っている卵焼きは、所々崩れているが、美味しそうに湯気をあげている。

切り崩すと、ふわふわの卵が、姿を現す。

震える箸で卵焼きを口へ運ぶ。


「...美味しい!」


千秋は声を上げる。

空腹は最高のスパイスだと言うが、千秋もきっとそのひとりなのだろう。


「なら良かったです」


マナは少し早口で言った。

千秋はあっという間に平らげると、マナの方へ向いた。


「まだ腹減ってるんだよな」


「卵焼きでいいんですか?」


「なんだかな、君の卵焼きは温かい」


「卵焼きはだいたい温かいでしょう」


「心の温かさの方だよ。君の卵焼きはなんだかそんなスパイスがきいてる」


「ありがとうございます」


マナはそう言うと、またキッチンへ戻っていた。



あのあと、千秋がまた卵焼きをおかわりすると、マナが嫌な顔をしたので卵かけご飯で収まった。

千秋が卵かけご飯をかきこむと、マナへ言い表す。


「こんな事してたらな、『袖振り合うも多生の縁』って本当なのかなって思うんだ」


「どういう意味です?」


マナは首を傾げる。


「多少の縁でも、その裏では必然的な何かが働いてるってやつさ」


「私が料理を振る舞い、あなたが食べているこの状況が、"隠された必然"で起こっているということね」


「こんな偶然な出会いでも、俺らは出会い合う運命だったんじゃないか?」


千秋は明るく言った。


「そんなのは迷信です。偶然でしょう」


対照的にマナは言い放つ。

千秋とマナは目を合わせて笑いあった。

なんだかこの状況がおかしくて仕方がなかったのだ。


「私は朝の見回りがあります。それでは」


マナは千秋に背を向けた。

千秋の舌には、まだ卵の味が染み付いていた。

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