タカシの日常

平成03

タカシの日常

 「ふぁいとー、せーっ、おーっ、せーっ……」


 3年生が引退して新チームとなったサッカー部が、今日も今日とて声を張り上げながらグラウンドを走っている。高校は帰宅部を選んで正解だった、と心の底から安堵しつつ校門へ向かう。少し冷たい秋風が黄色くなり始めた葉っぱを運んでくる。そろそろ学ランを出しておくか……。




 学校から家まで自転車で30分。全力で漕いだら20分。受験前の俺は『軽く運動できて健康的』くらいに思っていたが、実際は起伏の多いハードな通学路。それに加えて進学校特有のスピード授業で、家に着く頃には俺の体力はもうきっかりとゼロになっていた。


 というわけで、高一の頃から毎日帰ったら寝る。短い時でも1時間、長ければ晩飯まで寝てるなんてこともある。我ながら終わった青春を歩んでいるとは思うが、睡魔には抗えない。これが俺、タカシの日常。



◇◇◇◇



「タカシ、まだ寝てんのー? スイーツ買って来てあるから、選びにいらっしゃい」


 母の声で目が覚めた。目をこすりながらリビングへ向かうと、机の上には見慣れない箱が置いてあった。




「あれ、誰もいない。俺が先に選んでもいいってことか?」


 根っからのスイーツ男子である俺はワクワクしながら箱を開けると、お高級なスイーツにありがちな説明書きが目に入った。




 見覚えのない箱だし、さては母さん今日は奮発してきたな。どれどれ、ここはひとつじっくり品定めをしてやろうじゃないの。


 しかし、説明書きにはスイーツの写真と名前が書いてあるだけだった。こういうのは原産地だのシェフのこだわりだのが書いてあるもんだろ、とツッコミたかったが、よく見るとそれ以上にツッコミたいところがある。




「なんだこれ……。『原始人クッキー』『太陽光・デュ・ショコラ』『ふとぅーのジェラート』『サイボーグケーキ』」


 説明書きの写真におかしなところはないが、名前のセンスがどうかしている。……まあ、何かのコンセプトをもってる系の店なんだろう。多少の逡巡を経て、とりあえずケーキが食べたい気分なので『サイボーグケーキ』とやらをいただくとするか。



◇◇◇◇



「タカシ! お父さんがケーキ買ってきてくれたよ! あんた寝てたから残ったやつね!」


 ……あれ? 俺は目をこすりながら辺りを見る。さっきまでリビングでスイーツを選んでいたはず……夢か?




 固くなった体を伸ばし時計に目をやると、既に20時を回っていた。青春の無駄遣い、記録更新。そんなことを思いつつリビングに移動して、晩飯とケーキを食べた。よくあるイチゴのショートケーキ。おかしなところは、ない。



◇◇◇◇



 次の日の朝、固くなった体を伸ばし時計に目をやると『キュィィィイン』という機械音がした。朝っぱらから工事だろうか、社会人とはなんと立派なものだろう。視界の中央では時計が7:30を表示している。そして視界の右上には100が表示されている。



「100が表示されている……?」



 目をこすって辺りを見てみる。俺の部屋だ、変わったところは何もない。右上に表示された100にも特に変化はない。もう一度目をこする。ガチャガチャと金属が擦れる音がする。習慣というのは怖いもので、こんな不思議な状況にも関わらず俺はとりあえずスマホをチェックした。……金属音を唸らせ、鈍い光を放つ右手で。



「ぬゎんじゃこりゃぁああ!?」



 俺はリビングへ走った。それがいけなかった。俺の鋼鉄の体はベッドから抜け出すと同時に急加速、リビングまでの最短経路を進んだ。経路上の壁には俺の形をした穴が空いた。




「ちょっとタカシ! あんたサイボーグなんだから、もうちょっと自覚もちなさい! ……ほら、設定が初期化されてる。『障害物回避』のチェックが外れてるじゃないの!」


 俺は母さんに叱られた。そうだよな、俺はサイボーグなんだから人一倍こういうことには気をつけないといけない。いつの間にか自身の認知情報にバグが発生していたようだ。更新しておこう。……よし、これでもう大丈夫。通学中に何かを壊すこともないだろう。




 サイボーグに食事や洗面、歯磨きは不要。俺はクラウド内の生活日記データにアクセス、リュックに必要なものを詰め込んでいく。ああ、そういえば文化祭の企画書が明日までだった。適当な時間にここ10年くらいのトレンドを検索しておけば十分なクオリティのものが出せるだろう。




 現在の時刻は7:40。始業のチャイムは8:30、まだ余裕がありそうなので、今日のニュースをチェックしておく。俺は首の右側についたカバーを優しく開き、LANケーブルを取り出した。やはり膨大な情報を処理するときは有線に限る。




「隣の席のマナミ、XやInstagramの投稿より、本日サッカー部キャプテンのリョウに告白する確率92.8%と推定。しかしリョウは真面目な練習態度からは想像できないが、裏垢女子なるものと頻繁にやり取りしている模様。このことからマナミの告白がその成否に関わらず、俺の日常に与える悪影響は甚大であることが予想される。ちなみに裏垢女子とは」




 検索結果のうち気になるものがあれば、俺の口から自動再生される。いらないことを口走りそうになったところで自動音声を切る。時刻は8:25を回っている。有線接続といえど、SNSの投稿を調べて多角的に分析するとなると少し時間がかかった。




 俺は行ってきますのあいさつをして丁寧にドアを開ける。そして高く跳躍、遮蔽物のない高度まで上昇したことを確認した後、足裏のジェットを噴射して登校する。自転車30分、全力を出せば20分、ジェット噴射なら16秒。




 授業はいつも通り、正確な演算機能と豊富なクラウドデータを駆使して受けている。みんながゆっくりと問題を解いている時間は暇なので、もっぱらストレッチ動画を見てやり方を研究している。ちなみにマナミには適当なアイドル事務所のアカウントを乗っ取り『あなたには才能がある! ぜひ当事務所でデビューしてほしい』という旨のDMを送っておいたので今日は告白どころじゃないだろう。




 今日の授業も大きな問題なくこなすことができた。進学校特有のスピード授業についていけるかという不安はあったが、杞憂だったようで安心した。




 ただ6時間目の家庭科だけは苦戦した。裁縫の時間だったのだが、糸を通そうにも関節の駆動時に発生する僅かな風が邪魔をしてうまくいかない。『糸通し 風が邪魔』と検索しても『Wi-Fiの邪魔をしているのはコレ!』などとトンチンカンな記事が出るばかりで、インターネットの無力さを痛感した。



「ふぁいとー、せーっ、おーっ、せーっ……」



 サッカー部は新チームのキャプテン、リョウを筆頭に大声を出しながらグラウンドを走っている。それを何人かの女子が遠巻きに眺めながら、何かキャーキャー盛り上がっている。俺はリョウのアカウントにアクセスし、DMのやり取りをいくつかスクリーンショットした。特に意味はない。



 校門へ向かうと冷たい秋風が黄色くなり始めた葉っぱを運んできた。そろそろ鋼鉄の体が結露してくる時期だ。俺はクラウド内の生活日記に「大判のタオル」と入力した。



 16秒かけて自宅に到着すると、右上の表示が8になっている。というわけで、高一の頃から毎日帰ったら充電する。短い時でも1時間、長ければ晩飯まで充電してるなんてこともある。我ながら終わった青春を歩んでいるとは思うが、充電切れには抗えない。これが俺、タカシの日常。


(お題:サイボーグケーキ)




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カクヨムコン9、ラブコメ部門に応募中の作品


『隣の席の金髪縦ロールが俺の日常を踏み荒らしてくる件』

https://kakuyomu.jp/works/16817330667033210109


コミュ力ゼロの男子高校生✖️異世界からやってきたお嬢様の学園ラブコメです!

こちらも是非ご愛読いただけると嬉しいです!

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