不老不死チートで無双の近接最強になった俺、死に場所を求めて彷徨います!

春海水亭

闇金ウシジマくんの一話を参考にして書いた奴


 ◆


 パチンコ『HANKYU』の店内はむせ返るような血の臭いに包まれていた。

 男が一人、パーラーチェアに深く腰掛けたまま死んでいる。

 その死体の全身が銀色のきらめきを放っていた。

 パチンコ玉が、これでもかとばかりに男の腹部にめり込んでいたのである。


「こう言うのもアレですが……」

 死体、そして筐体を観察しながら、非番の刑事が困惑した表情を浮かべて言った。

 死体の前の筐体は粉々に砕け、床にパチンコ玉をばら撒いている。

「大当たりですな……」

「ははあ……」

『HANKYU』の店長はその言葉に曖昧に頷くことしか出来ない。


「死因は……信じられないコトですが……度を越した大当たりのあまりに凄まじい勢いで放出されたパチンコ玉が全身をぶち抜いて死亡……ということになりますな」

「ウチのウリは『脳汁を枯らす勢いでじゃんじゃん出る!』だったのですが……まさか、じゃんじゃん出すぎてこんなことになるとは……」

「最凶の大当たりでしたなぁ……しかし」

 刑事は男の死に顔をちらりと見やって言った。


「こんな顔で死ねるなら、まぁそんなに悪いもんじゃなかったのかもしれませんな」


 ◆


「……なんだ夢かよォ」

 鳥羽玖珂とばくが幸太郎が目を覚ますと、やはり『HANKYU』の店内であった。

 その手はパチンコのハンドルを握ったままである。

 信じられないことに打ちながら眠っていたらしい。

 それならありえない夢だって見るだろう、パチンコ玉がショットガンめいて腹部に突き刺さって死ぬなどと。

 我ながら大したものだと幸太郎は自嘲する。

 こんなにも騒々しい店内、しかも確変の真っ只中で――そう、思いかけたその時、幸太郎は気づいた。


 店内が異様に暗い、夜闇の中にいるようである。

 ただ目の前の筐体だけが人工的なけばけばしい光を放っている。

 それに音――本来パチンコ店にあるべき喧騒も無い。

 目の前の台が射幸心を煽る音楽を奏でているだけだ。


「はっ?」

 パーラーチェアに座ったまま振り返る。

 台が照らす範囲に床が、そして隣の台があることがわかる。

 慣れ親しんだ『HANKYU』の店内であるらしいことがわかる。

 だが、それ以外のことが全くわからない。

 閉店後の店内に放置されたのか――いや、そうだとしても暗すぎる。

 それによくわからないが、閉店後は電源が切られるものではないか。何故、俺の前の台だけが。


 その時、高級な靴らしい小気味の良い足音が鳴った。

 コツ、コツ、コツ――音は幸太郎の隣で止まり、パーラーチェアの沈む僅かな音。

 どうやら、隣に誰かが座ったらしい。


「君、死んだよ」

 隣の台から『CR:プレイヤーがじゃぶじゃぶ課金したくなるような射幸心を煽りまくる台』の慣れ親しんだ射幸心を煽る効果音と共に、慣れ親しまぬ女の声が届いた。


 誰かいる。

 隣を見れば、スーツ姿の女が座っていた。

 横顔しか見えないが、整った顔をしている。

 金髪のショート、髪の根元は黒い。

 その左耳では星の形のピアスが煌めいてた。

 誰だ――立ち上がろうとしたが、身体が動かない。

 正確に言えば上半身を動かすことが出来るのだが、下半身がパーラーチェアと癒合してしまったかのように動かないのだ。


「はぁ!?」

「あまりの大当たりっぷりに台が耐えられなくなって、パチンコ玉を君の全身にぶち撒けて死んだ……早々無いよね、そういう死に方」

 幸太郎の動揺を気にも留めず、女は愉快そうに言葉を続ける。

 

「待て、待て、待て!!!」

 確かめなければならないことが多すぎる。

 一体、何が起こっているというのだ。


「ま、とりあえず説明するから打ちながら聞きなよ……あっ、吸う?」

 女の細い手がピアニシモメンソールを寄越す。

「いらん」

「あ、そう。じゃあ、私もやめとくか」

 女は自身の指よりも細いピアニシモメンソールを箱に戻すと、再び筐体に向き直る。


 幸太郎も、同じようにした。

 残高を示す液晶には膨大な数字が表示されている、既に金が投入された台に座らされていたのだろうか。

 ハンドルを回す。

 ガラス越しのパチンコ玉が景気よく舞い踊る。

 その殆どは生まれた意味を証明出来ないまま、奈落に落ちて行く。

 打っている場合ではないが、出来ることもない。


「とりま君は死んで、ここはあの世。ここまではオッケー?」

「全然オッケーじゃないが?」

 飲み込めるわけがない。

 しかし、飲み込まなかったところで、どうにかなるという気もしない。


「わかってくれて嬉しいねぇ」

 幸太郎の心中を読んだかのように、女が笑う。

「なんで俺はあの世に来てまで打ってんだ?」

「……ま、最後のチャンスだね」

 どういう意味だ、幸太郎がそう問おうとした瞬間。『CR:プレイヤーがじゃぶじゃぶ課金したくなるような射幸心を煽りまくる台』が過剰な演出と共に玉を吐き出し始めた。


「残高は生きた年数と反比例、長生きすれば残高は少ないし、早死すれば残高は多い。確率は前世での行い。良いことをすれば大当たりが出やすくなるし、悪いことをすれば出づらくなる。そして君みたいな面白い奴に神様は少し贔屓をする。キリのいいところで切り上げたら、景品の交換をするといいよ」

 返却ボタンを押せば、椅子から離れられるからね――女はそう言葉を結んだ。


「あの世で使えるお金と交換できるのか?」

 幸太郎が皮肉るように言った。

 その言葉に女はヘラヘラと笑う。


「ウチは現金扱ってないし、特殊景品も置いてないよぉ。健全な店だからね」

 ただね。

 女はそう言葉を結んで、愉快そうに言った。


「景品は豊富だよ。例えばどの世界に生まれ変わるかを決められるチケット。頑張れば皆の憧れ消滅とか天国に行けるし、そういうのが好きならファンタジーみたいな世界もある」

「そのチケットを手に入れられなければ?」

「財布見て」

 幸太郎がポケットに手を入れると、中には生前使っていた財布が入っている。

 元々持っていた紙幣もカードも入っていない。

 その代わりに、日本語で修羅道と書かれた紙幣が入っている。

 デザインは千円札に似ている、ただし肖像は偉人ではなく見たこともない女だ。

 彼女が浮かべる穏やかな笑みには気品と神々しさがある。


「どう考えてもヤバそうだな」 

「徳が足りなかったね」

「他の景品は?」

「来世で生まれ変わる種族を決められたり、生まれる場所、環境、スペックに干渉出来たり、前世の記憶を継承できたり……」

「転生チートはあるのか?」

「勝てればね、勿論……もっとも、ここでやめても残高分はちゃんと使えるけどね」

 この残高がどれほどのものなのか、幸太郎にはわからない。

 もしかしたら、これでも来世は十分幸福に暮らせるのかもしれない。

 走馬燈のように、幸太郎の今までの人生が脳裏に浮かんだ。


――パチンコやめよう。

――今度こそパチンコやめるわ。

――はい、やめ。これ以上の巻き返しはない。続けるだけアホ。

――今回は勝ったけどトータルでは負けてる、いい思い出ってことで引退。

――これ以降は三日に一回勝てばいいだけだから、最終的に全額取り戻せる。明日勝てばいいだけ。

――この負けは安い負けだから実質勝ち、ちょっと良い食事したのと同じ。


「ここでやらなきゃ……」

 敗北の日々。

 だが、今日は確変が入っている。

 ハンドルを握る手に力が籠もる。


「死んだ甲斐が無いんだよおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!パチンコやめりゅうううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 最初の大当たり分は既に飲み込まれてしまった、後は残高が凄まじい勢いで減っていくのを見守るだけ。

 席を立つタイミングは何度もあった。

 勝つことは出来なくても、上手には負けることは出来たはずだ。

 しかし返却ボタンを押そうとする度に、最初の大当たりがちらつく。

 まだ勝てる。

 まだ戦える。

 ここで負けたら、ただの養分。

 そろそろ次の機会が回ってくる。


 その結果、残高は十を切った。

 最初の数字は覚えていないが八桁はあったはずである。


「やめる?」

「今更やめられるわけないだろうが!!!!」

 ここまで負けてしまうと、いっそのこと完敗するまでは引けない。

 幸太郎はそういう線を超えてしまった。

 視界は涙で潤み、腹はぐるぐると異音を立てている。

 だが、焼き付いた大当たりの演出が頭の中から消えてくれない。

 一回。

 一回でいい。

 もう贅沢は言わない、一回だけ大当たりさせてくれ。

 それで綺麗さっぱり諦めるから。


「勝たせてええええええええええええええええええええ!!!!!!!!ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 獣の断末魔によく似た悲鳴だった。

 幸太郎の前には更地が広がっている。

 残高はない。玉もない。

 財布の中には修羅道と書かれた紙幣が一枚のみ。

 自分の来世だ。


「幸太郎くん、じゃあ……」

 女が席を立ち、幸太郎の後ろから肩に手をおいた。


「行こっか」

「待ってくれ……いや、待ってください!!!!!!そろそろ勝てる予感がするんです!!!!!だから貸してください!!!!!!」

 深々と頭を下げる幸太郎。

 だが、女の返事は非情だった。


「いや、無理でしょ」

「無理じゃない!!!!」

 何故無理ではないのか、理論的に説明できるものではない。

 というか心の奥底では敗北を認めてしまっている。

 それでも、このままでは終わらない。終われないのだ。


「とにかく、君はもうすっからかんだから……さっさと席を立ちなよ」

「……いや」

 その時、幸太郎の脳に雷光が走った。

 財布を取り出し、パチンコの投入口に――修羅道の紙幣を突っ込む。

 抵抗されることなく、筐体は紙幣を飲み込む。

 残高を表示する液晶に、再び赤い光が宿った。


「まだ、俺は戦える」

『1』

 それが液晶に表示された数字だった。


「…………」

「言っとくけど、ウチのレートを考えると……まぁ、その……払い戻しても修羅道以下は確定だから」

「負けたら?」

「地獄、比喩じゃなくてね」

「頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む!!!!!!!!!!!!!!」

 念仏のように呟きながら、幸太郎はハンドルを回す。

 幸太郎の運命が銀の球の形をして跳ねる。

 勢いよく釘の中で踊る幸太郎の運命はスタートチャッカーに入ることなく無情にも奈落へ落ちていく。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 口から蟹のように泡を吹き、白目を剥き、尿も糞も垂れ流しだった。

 何もかもを失った男は、体内からもすべてを吐き出そうとしていた。


「……せめてビール奢ろうか?」

 憐れむような声で女が言う。

 こうして、幸太郎はパチンコによって物理的に地獄に落ちることになった――はずだった。

 瞬間、パチンコ玉が重力に反して浮き上がり、スタートチャッカーに入った。

 回りだすリール。幸太郎の運命が再び回り始める。

 幸太郎の目に再び光が宿る。


「来いッ!来いッ!来おおおおおおおおおおおいッ!!!!!」

『7』

 液晶画面の左端の数字が止まる。


「なるほどね……」

 納得したように女が頷く。


『7』

 そして、右端。

 リーチが掛かった。

 真ん中のリールが超高速回転を始め、もはや目で追うことは出来ない。


「……そりゃ神様も贔屓するよ、ここまでブザマだと……面白いからね」

『7』『7』『7』

 幸運の数字が揃い、幸太郎の運命を吸い続けた悪魔の筐体が景気の良い音を立てて、パチンコ玉を溢れさせる。


「……じゃ、行こっか」

「まだだ」

「えっ?」

「ここからが本当の勝負だあああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 結果的に幸太郎は歴史的大敗北を中敗北ぐらいに持っていくことが出来た。

 渡されたズボンを履き替え、景品交換所へ。


「前世の記憶引き継ぎって、どれぐらい使う?」

「フルで使うなら……」

 女の提示した数字は幸太郎の出玉の十倍である。

「ちょっとした記憶を持ち越す程度なら、その分少なめでもいいけどね。人格の連続性は消えるけど」

「……なるほど」

 幸太郎は少し考え込むと、必要最低限のスペックと前世から二週間ほどの記憶の引き継ぎを景品として選び、異世界への転生を決意した。


「……この程度の記憶じゃ、現代知識無双とか出来ないけど大丈夫?」

「大丈夫……これだけあれば俺は、戦える」

 景品の入った紙袋を持って、幸太郎は出口へと向かう。

 かくして鳥羽玖珂幸太郎の新たなる人生は始まったのだった。


 ◆


 五分後、このパチンコ店に新たなる魂が導かれた。

 異世界人――珍しいこともあるな、と女は脳内で独りごちる。

 別に異世界人の死が珍しいワケではない。

 ただ、この空間は本人の知識に応じて変化する。

 パチンコ店の形式をとっているのは、源幸太郎に一番馴染んだ賭博場がパチンコ店だからだ。

 異世界人ならば、異世界のカジノであったり、あるいは闘技場という形式を取ったりもする。


「よっ」

「……マジ?」

 赤子がパーラーチェアに座り、ハンドルを握っている。

 女の説明を聞くまでもなく、既にこの場所の意味を知っているようだった。


「ここ二週間の記憶を――ここで打った記憶も含めて引き継がせてもらった」

 女に視線をやることもせず、ただまっすぐに台に向かう赤子。

「き、君は……」

「ギャンブルには必勝法があることを知っているか?勝つまでやることだ……俺は転生した瞬間に、自殺し……新たな玉をこの世界に持ち込んだ……仕切り直しだ、今日こそは勝つ」

「鳥羽玖珂幸太郎……っ!」

 運命がスタートチャッカーに入った。

 リールが回転を始める。

 左端の数字が『7』を示して、止まった。


「おぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ死ぬううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!」

「君もうパチンコやめたほうがいいよ」

「勝ったあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

「君もうパチンコやめたほうがいいよ」


 クソみたいな大敗をして、最後の最後に勝利する。

 そして記憶を引き継いで自殺する。

 幸太郎はパチンコ屋に入り浸っていた。

 もはや、その目的がわからない。


「本末転倒なんだよね……」

「えっ?」

「来世の幸福を得るためにパチンコを打つはずなのに、君はパチンコを打つために来世を捨ててるじゃん」

「いや、勝ちに来てんだよ俺は」

「本当さ、いい加減にしなよ。ちゃんと人生のこと考えてる?」

「考えてるよ」

 そう言いながらも幸太郎の視線は液晶から離れない。

 パチンコを打つ赤子に女が説教をする異常な絵面であった。


「こんなのさ、いつまでも続かないよ?わかってる?」

「わかってるよ」

「たまたま勝たせてもらってるだけで、一回負けたらもう全部終わるんだよ?いい加減君の人生を全うしなよ」

「けど……勝ってっから」

「勝ってないからね」

 破滅しない程度の勝利を与えられているだけで、幸太郎は常に負けている。

 きらびやかな演出が幸太郎の脳を誤魔化しているだけだ。

 すぐに自殺するとは言え、転生後の生活のレベルは下がっていくばかりである。


「……あのさ」

「なに?」

「チート上げるから、やり直しなよ」

「チートなんて貰わなくても……いつかは勝つから俺」

「無理だよ……君、もう勝つこととか考えてないから」

 終わりにしようよ、この関係。

 その言葉に僅かに涙が滲んでいるように幸太郎には聞こえて、返却ボタンを押した。


「俺が悪かった……ちゃんと転生して、やり直すよ」

「……良かった」

「じゃあ、景品交換所行こっか」

 席を立ち、四つん這いで幸太郎は景品交換所に向かう。

 まだ後ろ髪を引かれる思いはある。

 頭の中であの射幸心を煽る音楽が鳴っている。

 それでも、もしもやり直せるなら――やり直したい、その思いはある。


 でも、まぁ良いか。

 また死ねば遊べるしな。

 

 心の底から反省したつもりであったが、それでも幸太郎の脳にはあの勝利が焼き付いている。


 ◆


 異世界ファンタジー風の世界に幸太郎が転生して、長い月日が流れた。

 生まれは平民、スペックは平凡。特筆するべき能力はない。


「……ゴブブブブ!!!!」

 沼地のほとりの洞窟にて、戦利品を見たグレーターゴブリンが笑う。

 村から攫ってきた女が八人。

 ゴブリンは雌が生まれにくいという種族特性がある。

 そのかわりに他の種族も孕ませることが出来るため、発情期になるとゴブリンは他の種族の雌を攫ってきて自分の巣に連れ込むのである。


「神様……」

 村娘の一人が天を仰ぐ。

 見えるものは闇に似た色の洞窟の天井だけだ。

 青い空も、そこに存在するであろう天の国も見えない。

 しかし、ゴブリンの孕み腹として拉致されてきた彼女が見る空は一生、それなのだ。

 助けは来ない。

 ゴブリンを駆除するならば、村娘ごと洞窟に毒を流すか火にかけることになるだろう。


 ゴブリンの群れが嘲笑い、村娘の服に手をかけた――その時である。


「待てっ」

「グブゥ?」

 男がいた。

 容貌に特筆するところはないが、よく鍛えられているように見える。

 その手には鋼の剣が握られている。


 助けが来た――そう喜んだのもつかの間のことである。


「一人……?」


 よく鍛えられているようだが男が一人。

 それも顔や体格がわかるほどの軽装備である。

 それに対し、ゴブリンは数十匹。

 男はなめし革の鎧を着ているようだが、この数が相手ではどれほど保つかわかったものではない。


「ギィーッ!!!」

 ゴブリンが一斉に石を投げた。

 投石――男の顔面は剥き出しである、殺すならば石ころ程度で十分である。

 その全てが男の剣によって斬り落とされた。


「……ッ!?」

 グレーターゴブリンの動揺は一瞬だった。


「ゲゲーッ!!」

 グレーターゴブリンは持っていたナイフで男を指して叫んだ。

 同時に、ゴブリンの群れがナイフを構えて突撃する。


「ゲェ……ッ」

 地を薙ぐように剣をふるい、ゴブリンを何匹か斬りつけたが、ゴブリンの勢いを止められるものではない。

 あまりにも数が多すぎるのだ。

 男の頭部に登ったゴブリンがナイフを脳に突き刺す。


「駄目だな……」

 脳が破壊され、意識を失った男がゆっくりと――倒れない。


「えっ……!?」

 男はゴブリンを掴むと、床に叩きつけた。

 当たったように見えたのは気の所為だったのか、ゴブリンのナイフは地を転がっている。


「ゲッ!!」

「ゲオッ!!」

「ギャァ!!」

 

 勢いのまま男は剣をふるい、ゴブリンの群れをゴミのように殺していく。

 若い男である。

 二十――よっぽど若作りをしていても二十五歳といったところである。

 それが熟練の剣豪のような凄まじい剣技でゴブリンを屠っていく。


「ゲェェッ!!!ゴッ!ゴオオオオオ!!!!」

 グレーターゴブリンが村娘の髪を掴み、その首筋にナイフを当てた。

 どこまで理解しているのかはわからないが、それが人質であることは間違いない。

 既にゴブリンの群れは壊滅し、残ったゴブリンは長であるグレーターゴブリンと斬り殺される寸前だった二匹である。


「わ、私は……」

 震える声で村娘が言った。

 視界が涙で滲む、最期に見る景色がこんな光景とは。

 それでも――言わなければ、勇敢な男と周りの友のために。


「私はいいから……みんなを……」

 村娘はその言葉は最後まで言えなかった。

 精一杯の勇気を振り絞ったつもりだったが、声が掠れる。


「大丈夫」

 男は持っていた剣を捨てた。

 刃物の落ちるやけに澄んだ音が洞窟内に響いた。

 ゴブリンの一匹が男の頭に、そしてもう一匹が革の隙間を縫って心臓にナイフを突き刺した。


「ゴブブブブ!!!!」

 グレーターゴブリンの醜悪な嘲笑が洞窟内に響き渡る。

 そのナイフは村娘の首筋から離れ、嘲笑の対象である男を指している。

 その笑い声に――誰かの笑い声が重なった。


「ハハハハハハハハ!!!!!!!!!」

 頭にナイフが刺さったまま、心臓にナイフが刺さったまま、男が笑った。


「ブッ!?」

 異常事態にグレーターゴブリンが再び、人質を取ろうとした瞬間。

 男が頭部に刺さったナイフを引き抜いて、グレーターゴブリンの頭部めがけて放った。

 果たしてどれほど投擲の修行を積んだのか。

 その速さ、そして正確性。

 剣技と遜色ないレベルの凄まじい絶技と言っても過言ではない。


「「「グェェェェェェッ!!!!!」」」

 グレーターゴブリンが断末魔の悲鳴を上げる。

 と同時に、生き残った二匹のゴブリンも斬り殺されて死んでいた。


「大丈夫か?」

 心臓に刺さったナイフを抜きながら、男は言った。


「いえ、アナタ様の方……が……?」

 男に傷はなかった。

 最初からナイフなど刺さっていなかったかのようにきれいな肌をしている。


「……こいつらも俺を殺せなかったか」

 そう言って男は村娘に背を向け、出口へと向かう。

「待ってください……勇者様!!」

 勇者――その男を呼ぶのならば、それ以外の呼称はないだろう。


「どうか村にお越しください……!!せめて御礼を」

「パチンコ」

「えっ?」

「パチンコはあるか?」

「その……おっしゃっているものは私どもの村には……」

「いや、あるわけないよな」

 自嘲の笑みを浮かべ、男は姿を消した。

 そのうちに攫われた娘たちも村に戻り、あとはゴブリンの死体だけが残されたのである。


 ◆


 男――鳥羽玖珂幸太郎の得たチート、それは不老不死であった。

 どれほど長い年月をこの世界で彷徨ったのか、戦いの才能のない彼でも鍛錬の末に近接戦闘においては最強クラスであり、単純な戦闘では勝てない相手に対しても不老不死の能力で幾らでも勝利する手段を用意することが出来る。


 だが、幸太郎の表情に満足はない。


「……パチンコやりてえええええええええええええええええ!!!!!!!」

 この世界でも容易に作れる昔ながらの木製パチンコでは駄目なのだ。

 最新機種のあの音と演出が、幸太郎の心を震わせる。


「また、いつか……」

 現代日本の記憶はおぼろで、とてもではないが自分の手でこの世界の文明を進歩させることは出来ない。

 いつか訪れる文明の進歩、あるいは自分を殺す誰かを求めて幸太郎は旅を続ける。


 最強の男の表情は、ひたすらに乾いたものであった。


【終わり】

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