第3話 喜びと怒り


「主…?何が…起きているの…?」


この場で今起きている現実についていけず、時が止まったかのようであった。


ただわかることは1つ、召喚には成功したのだ。

主がどうとかよくわからないことを目の前の蛇の聖獣は言っているが、応えてくれる者がいた。

その事実に安堵からか、不安から開放されたことによる喜びか、ポロポロと涙が零れた。


「っう…うぅ…っ、よかっ、た…」

「オフィーリア様…」


エルダレインがオフィーリアの涙を拭おうと手を差し伸べた瞬間であった、会場全体が極度に冷え切り、白い息が出るほどであった。

窓の外を見れば、先程の晴天がどこへいったのか、雷がとてつもない轟音を轟かせていた。



「何が…」


震える体をおさえながら、エルダレインを見つめれば、彼はやれやれと額を押さえ深いため息をついた。

するとオフィーリアが立っていた魔法陣から目が眩むほどの強い光が放たれ、煌めく雪の結晶とともに現れたのは、煌びやかな衣装に身を包み、白銀の髪に白い角を生やし大きな翼を持った1人の男であった。

天上の青を映したような透き通る瞳は鋭くエルダレインを睨みつけた。


「我が花嫁に気安く触れるなど何事だ!」

「花嫁…?」

「はぁ…」

目をぱちくりと瞬かせ、何が起こったのかわからないといったような表情で翼の男とエルダレインを交互に見るオフィーリア。

エルダレインは深いため息をつきながらも即座に膝をつき、忠誠の姿勢を表した。



「あの…」

「我が愛しの花嫁、やっと…やっとこうして会えることができた。この日を待ち焦がれていた。」


ゆらりと尻尾を揺らしながら、愛おしそうにオフィーリアの華奢な手を取り、そっと手の甲に口付ける姿に誰もが目を奪われていた。


「あなたは…?」


戸惑いながらも震える声で問えば、傍に控えていたエルダレインがコホンと1つ咳払いをして答えた。


「こちらにおられる方こそ、聖獣たちの頂点にして王。白竜王レイナード様であらせられます。」



凛とした声が響き、一気に騒然とする周囲の声など聞こえていないかのように、レイナードと呼ばれた竜はオフィーリアしか見ていなかった。


「何故、泣いていたのだ…?何故震えているのだ。」

「涙は召喚の安堵の為かと。そして震えはレイナード様の冷気によるものですよ。」

「なんと!それはすまなかった…!」


慌てて指をパチンと鳴らせば冷気は消え去り、外の雷雨も消えていった。

己の冷気のせいと分かれば、しゅんと眉を下げ、叱られた子犬のようにオフィーリアを伺っていた。



「竜王様が…なんで…」

「罰を与えに来たに違いないわ!」


小さなオフィーリアの声はシャルティアの声によってかき消された。


「竜王様が『嫌われ姫』の召喚に応じるわけなんてないもの!聖獣から嫌われるアイツに罰を与えにきたのよ!」


必死に声を荒らげるシャルティアの言葉に、ギュッと瞼を閉じたその時、


「『嫌われ姫』…だと?我が花嫁をそのように侮辱するなど万死に値する。」


キッとシャルティアを睨みつけたレイナードは手を振り上げ無数の氷柱を空中に出した。


「きゃあぁぁぁ!」

「やめて!!」


悲鳴をあげるシャルティアを庇うように手を広げ、じっと竜王を見つめ返すオフィーリアの瞳は恐怖で揺れていた。


「っ…!」

「本当のことです。私が聖獣から嫌われているのは…。この呪いの印が出来てから、私はどの聖獣とも対話することが出来なくなったのです。

貴方様の花嫁であるのはきっと…何かの間違いなのです。」



着ていた羽織を脱ぎ、露になった白い肌にくっきりと残る痣に手を当て言った。

竜王を前にして、己の過去を淡々と話す姿に周囲は頷き、中には声を上げて間違いであると言う者もいた。



「その印は…それは我がつけたものだ」

「へ…?」

「それは我が花嫁の証。他の聖獣が寄り付かないのも無理はないだろう。」


当たり前のことのように笑ってみせ、生み出した氷柱を遊ぶようにクルクルと回して見せる竜王に対し、オフィーリアは震える拳を静かに握りしめた。

それはもう寒さからの震えでは無かった。


怒りだ。



「私が…私が今までどんな思いで生きてきたか知らないくせに!何が花嫁よ!何が…!

この印のせいで誰も信じられなくなった、誰からも愛されなくなった、誰も私を見てくれなくなった!

何も知らないのに勝手なこと言わないで!

竜王だか何だか知らないけど、私は貴方と契約なんてしないし花嫁にもならないわ」

「っ!リア…!」


溢れる涙を乱暴に拭い、その場から逃げるように儀式の間を抜け出した。

慌てて名を呼ぶレイナードを振り返ることも無く。



「なにやってんだろう…」


伯爵邸に帰る為の馬車の中でぽつりと呟いた。

遠く離れていく王城を見つめながら、自分の発言を思い返しては頭を抱えた。

あのまま受け入れていれば自分の立場は大きく逆転したはずだ。

それを蹴ってでも、受け入れられなかった。許せない怒りのが大きかったのだ。


「でもあのひと…リアって…。お母様しか呼ばない私の愛称なのに。」


ふと思い出せば、最後にオフィーリアの瞳に映ったのは、酷く悲しげな竜の姿だった。

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竜王様の愛が重すぎる 甘利 ゆら @amari_yura

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