第2話 召喚の波乱



──馬車


心地よい揺れに身を預けながら近づく王城を横目に小さなため息がもれる妹を楽しげに見つめては腕を組み直し、姉のシャルティアは言った。


「ふふっ、絶望の心構えは出来たかしら?現実から目を背けてきたアンタにようやく向き合う時が来たのよ。」

「目を背けてきてなんかいないわ。私が聖獣に選ばれなくとも私は私。オフィーリア・フォン・リオネットでなくなっても、私はオフィーリアよ。」

「ふん、いつまでその調子でいられるか見物ね。陛下の前で恥を晒すことに耐えられるのかしら。」


挑発に乗らない妹に面白みを無くしたのか、シャルティアはぷいっと顔をそらしては近づく王城をうっとりと見つめていた。



「ご到着です」


御者の声にハッとし、姉に続いて降りたオフィーリア。

白くそびえ立つ王城に来るのは初めてでは無かったが、いつ見ても美しい。

王城が白で統一されているのは、国の象徴である竜王が白い竜であるからと言われている。

文献でしか語られない白き竜…オフィーリアは、ふと絵本に出てくる竜王を思い出し、そして母の言葉を思い出した。



『リア…辛くても下を向いたらダメよ、涙が零れてしまうもの。どんなに辛くてもね、いつかは嬉しく泣くことがあるから。信じて…可愛い私のリア。

竜王様の加護がリアにあらんことを…。』



「竜王様の…加護…。私にもあるのかな。あるならどうか、守ってください…。」


小さな声でぽつりとつぶやいたその瞬間、


ズキンっ!


「っ…ぁ!」


思わず声が漏れるほど、痣が強く痛んだ。


「竜王様でも拒否するほどの嫌われ姫ってことかしらね。」


ふっと悲しげな笑みを浮かべ、痣を撫でた。

決意をきめ、何やら急かしているシャルティアを追うように、オフィーリアは王城へ向かった。





──王城


「「帝国の太陽、霊鳥ヤラドゥーナ様に愛されし我らが王。カイザー・フォン・アルスフィオラ陛下にご挨拶申し上げます。」」


シャルティアと揃って膝を折り、深々と頭を下げる相手こそがこの帝国の国王陛下、その者であった。


『霊鳥ヤラドゥーナ』、知らぬ者はいない陛下が従える最上級の聖獣は、オフィーリアも式典の時にしかお目にかかったことがないが、黄金の羽が特徴の『不死鳥』と呼ばれる聖獣であった。


「よくぞ来た、リオネットが娘たち。シャルティア、そして…オフィーリア。」


よく響く声でゆっくりと告げられる言葉ひとつひとつに緊張が走る。

しかし、『オフィーリア』と呼ぶその眼差しは、今まで向けられてきた軽蔑のものとは全く違う、とてもあたたかな眼差しであったことに驚きつつ若干の安堵をしたのも束の間、目の前に広がる聖獣召喚の為の魔法陣を見れば体が震えた。



「さて、先に17歳の誕生日おめでとう。」


厳格な顔に似合わずふわりと笑って見せる陛下に戸惑いながらも再び頭を下げる。


「これから聖獣召喚の儀に入る。内容はよく知っていると思うが…これはあくまで召喚の儀なのだ。契約は、召喚された聖獣と召喚者との合意の上で結ばれる。」

「呼べなきゃ話にならないけどねぇ。」


クスリと小さな声で嫌味を言うシャルティアに、思わず唇を噛み締めるオフィーリア。

いつもなら強気で言い返せるものの、ここが王城であるからか、はたまた陛下の御前であるからか、何も言い返せなかった。


「どちらから執り行うか?」


シーンとした張り詰めた空気の中、勢いよく立ち上がったのはシャルティアであった。

その顔は自信に満ち溢れ、堂々たるものに心のうちで感心した。


「わたくしからさせて頂きたくございますわ。」


シャルティアの言葉に陛下は頷き、臣下に魔法陣まで案内をさせた。


「心の内で祈るのだ。その祈りに応えた聖獣がここに呼び出される。召喚は1度限り、焦らず時間をかけても良い。生涯のパートナーとなる者をしかと選ぶのだ。」


魔法陣の中に入るや否や、明るい光に包まれるシャルティア。

これが愛されるということなのか。眩い光に目を細めながらシャルティアの様子を伺う。

少しして、光が落ち着いてきた。シャルティアの顔もよく見える。


「っ!シャティ…!っ!?」


成功したのか、シャルティアの名を呼ぼうとしたその後ろには、炎のたてがみをもった大きな獅子が横になっていた。

獅子は立ち上がると、


『グオオオオオオオ!!!』


と、大きな咆哮を浴びせた。


獅子の名は、『上級聖獣レオニクス』であった。


レオニクスは辺りを見回すと欠伸をして後ろを向き、光の中に消えていった。

シンと静まりかえる中からぽつぽつと拍手の音が聞こえ、次第に大喝采となり賞賛の言葉が多くかけられた。


「素晴らしい!上級聖獣を召喚するとは1000にひとりの逸材である、よくやった。」

陛下の言葉に深々と頭を下げ、誇らしげに笑みを浮かべるシャルティア。


「あら、まだいたの?この後じゃやりづらいかしらね。」


勝ち誇った顔で言う姉にオフィーリアは、


「終わった訳じゃないもの、これからよ。」


グッと拳を握りしめ、オフィーリアは立ち上がった。目を閉じ、優しい母の顔を思い浮かべながら。


「では次にオフィーリアよ、召喚の儀を。」


陛下の言葉に重い足取りで魔法陣へ向かう。

その姿にヒソヒソと聞こえる『嫌われ姫』と言う言葉に息がつまりそうになりながらも、ゆっくりと魔法陣の中に入っていった。



胸の前で手を組み、静かに祈るものの、シャルティアの時とは真逆に光のひとつも現れなかった。


「アハハハ!やっぱり嫌われ姫ね!アンタなんかの召喚に応じる聖獣なんていやしないのよ!」


高々と笑う姉の声が強く耳に響いた。

限界であった。耐えられず初めて涙を流した。その時…。



パッと強烈な虹色の光がオフィーリアを包み、強い風と共に魔法陣に現れたのは、虹色の鱗を持った人型の美しき蛇の聖獣であった。


「上級聖獣…水蛇エルダレイン…!」


誰かが叫んだ言葉にじっと睨みを効かせ聖獣は言った。


「上級…とは、舐められたものですね」

「ひぃっ…!」


発言した者はその睨みに怯え震えていた。



かけられた眼鏡を長い指で押し上げると、オフィーリアに向き直り膝を着き、先程とは打って変わった優しい笑みでエルダレインと呼ばれた男は言った。


「オフィーリア様、今宵お会い出来たことに心から感謝致します。そして同時に謝罪致します。我が主の到着が遅れることを主に代わり謝罪申し上げます。主の非礼をお許しくださいませ。

我が主ときたら、まったく…大事な儀だというのに『完璧な姿でなくては!』などとぬかし、準備に手間取っている様子でして。主に代わり私めが参上したしだいでございます。」


怒りを表しているのか、虹色の鱗が纏う長く伸びた尻尾は床を小刻みに叩いている。


「主…?何が…起きてるの?」

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