竜王様の愛が重すぎる
甘利 ゆら
第1話 嫌われ姫
聖獣と人との契約により繁栄したアルスフィオラ帝国。
聖獣とは、その名の通り聖なる神の使いと呼ばれる生き物である。
帝国貴族は17歳の誕生日を迎えると、契約の儀が執り行われる。
より強き聖獣に選ばれた者が、次代の王候補としての地位を高めることが出来るという。
今宵もまた、帝国伯爵家に生まれた双子の姉妹が契約の儀に向かおうとしていた。
この儀式が帝国全土を震撼させることになるのはまた後の話。
「そんなに着飾っても『嫌われ姫』に従う聖獣なんていやしないわよ」
豪華に装飾されたドレスを翻し、妹を嘲笑するのは姉のシャルティアだった。
『嫌われ姫』とは、妹のオフィーリアに知らずとつけられた名であった。
聖獣との契約の儀のため、貴族たちは幼き頃から精霊や低級の聖獣との対話をする訓練を受ける。
なかでもオフィーリアは、どの聖獣とも対話することが叶わず、むしろ逃げられてしまうために『嫌われ姫』という名が付けられたようだ。
「貴族だからって一応アンタも儀式には出れるけれど、行ったところで家門に泥を塗るようなものだわ。」
「っ…シャティ…」
「気安く呼べるのも今のうちよ。私に聖獣の加護が降りればアンタとは天と地の差ができるんだからね!」
『双子として生まれてもこんなに違うだなんて』
いつから比べられるようになったのだろう。
いつから味方がいなくなったろだろう。
いつから…。
「泣いてたってしょうがないわ。運命様聖獣様上等よ。」
震える拳を強く握りしめ、引き攣る頬をぱちんと叩いて前を向く少女は、オフィーリア・フォン・リオネット。
伯爵家の双子の妹であった。
「はぁ…でもやっぱ行きたくないなぁ…。もし神様がいれば、このまま連れ去ってくれればいいのに。」
ズキンっ
「っ…!」
痺れるような痛みが走る腕に咄嗟に手を置くオフィーリア。
幼き頃にできた痣のようなものがチクリと痛んだのだ。
「これのせいで…!」
痣にギュッと爪を立てて怒りを露わにするのも無理はなかった。
この痣ができて以来、聖なるものと対話することが出来ず『嫌われ姫』となったからである。
この痣を知るものは皆、これを『呪いの印』と呼んでいる。
この印は年々くっきりと、そして大きくなっていた。
周りのものは呪いがうつると毛嫌いし、オフィーリアに寄り付こうともしなかった。
「聖獣に選ばれない欠陥品になったら、王都からずっと離れた小さな村でも行って、農業でも商業でもして気ままに生きればいい。
あ、薬草の知識を活かして薬師になるのもアリかも!
こんな窮屈な世界とおさらば出来るんだもの、私にとってはいい事しかないのよ!
…ねぇ、お母様。」
強気な言葉を口にした反面、オフィーリアの瞳には僅かに涙が溜まっていた。
でもその溜まった涙は決して流そうとは思わなかった。
幼き頃に亡くなった母との約束だったからだ。
『リア…辛くても下を向いたらダメよ、涙が零れてしまうもの。どんなに辛くてもね、いつかは嬉しく泣くことがあるから。信じて…可愛い私のリア。
竜王様の加護がリアにあらんことを…。』
母はよく寝る前に竜王様の話をしてくれた。
この国に繁栄をもたらすきっかけになった偉大なる竜。
聖獣たちの王。
いつでも竜王様は見てくれているからと、竜の話をする母はいつも嬉しそうだった。
その笑顔を思い出し、目に溜まった涙を拭い、オフィーリアは王城へ向けて馬車に乗り込んだ。
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