私はおかしいんだと悩む君へ
ナナシリア
私はおかしいんだと悩む君へ
「桜が舞う美しい春に、私たちはこの県立第一高校へ入学しました」
すべての入学式において恒例となっている新入生挨拶が、僕にここから高校生活が始まるんだと感じさせる。
中学時代はなかなか友達の輪に入り込めなかったが、新しい生活が始まる以上、そんなチャンスもあるだろう。
入学式終わりの教室は、基本的には同じ中学だった生徒たちや、部活などで面識のあった生徒たちが会話をしている様子だった。
そんな教室の中、誰とも話さず席に座っているのが、僕ともう一人。
彼女の表情からは寂寞の思いを感じ取ることが出来て、だから僕は彼女に話しかけることにした。
じゃあ名前を確認しようと座席表を確認する。彼女の名前は
「仙葉さん」
「えっと……」
彼女は僕の顔を見て、教室を見渡した。
僕の名前を探しているのだろう、と思った僕は自分から名乗ることにした。
「
「私は、人と関わるのはあんまり……」
彼女は人と関わりたくないと思っていたのかもしれない。そうだとしたら、話しかけてしまった僕は迷惑なことをしたということになる。
「ごめん。話しかけない方がよかったかな」
「ううん、話しかけてくれてありがとうね」
彼女は優しかった。
僕の中では、人と関わりたくない人というのは他人に冷たい人が多いと思っていたけど、彼女はそうではないようだった。
それから入学してから、授業を受けるためのいろいろの用意が始まって、仙葉さんのことはすぐに忘れてしまった。
僕は授業が始まるまでにこの高校に多くの友達を作っていて、わざわざ遠くの高校にやってきてよかったと思えるようになっていた。
今日は入学後初の体育の授業があって、皆はどのくらい体育が上手なんだろうか、と僕は期待に胸を膨らませていた。
体育の、五十メートル走の授業が始まってみると、僕の友達は皆運動神経が良い人ばかりで見ていて楽しくて、僕も彼らに追い付こうと思うと気合が入った。
「待って、仙葉めっちゃすごいんだけど」
友達の一人の声を受けて仙葉さんを目で探すと、誰よりも速く走る仙葉さんの様子が目に映った。
彼女がゴールすると、たちまち彼女の周りに人が集まってきて、彼女は人気なんだなあと僕は遠くから眺めた。
そういえば彼女は人と関わるのは嫌だというようなことを言っていたが、大丈夫なんだろうか。
そう心配した途端、彼女の周りに集まった人たちが彼女を中心として円を作るように吹き飛んだ。
「え、今何が……」
仙葉さんの周りに集まっていた人たちは一人や二人ではなかったから、一人ずつ手で掴んで放り投げるにも時間が足りない。
そもそも人を放り投げるのは簡単なことじゃないし……。
様々な考えが僕の頭を駆け巡ったが、悲しみと恐怖に歪んだ仙葉さんの顔が視界の中に入ると、僕は居ても立っても居られなくなった。
吹き飛ばされた人たちを見ると、混乱した体育教師がそれでも一人ずつ助け起こしていた。
呆然とした生徒たちが、教師の手伝いもせずに周りに突っ立っている。
仙葉さんは人と関わりたくないんだとかそういう考えを無視して、仙葉さんに駆け寄る。
「仙葉さん、大丈夫?」
「——え?」
まるでそんな言葉をかけられるとは思っていなかったと言わんばかりに、仙葉さんは呆けた声を発した。
僕は彼女を納得させようと、たどたどしいながらも話し始めた。
「だって、仙葉さんは今、怖がりながら悲しんでいる。不安だと思うから」
「でも、それなら他の人たちを心配すべきじゃ……?」
「それは先生がやってる。誰も仙葉さんのことを見ていないのは大問題だから、僕が来た。不満だったかな」
彼女は黙って首を振った。
下を向いた彼女の顔からぽとりぽとりと落下した涙は、悲しみからか喜びからか、僕には判断がつかなかった。
彼女に、なんでこうなったのか訊こうかと思ったが、仙葉さん自身もわからないかもしれないし、失礼に当たるかもしれないからやめた。
「私、超能力みたいなものがあるらしいの」
彼女は自分から語り始めてくれた。
僕は彼女のことを知る絶好の機会だと耳を澄ませた。
「身体能力が尋常じゃないのと、軽い念力、みたいなものが使えるんだ」
「念力、さっきのも?」
「恐怖とか不安に駆られたとき、暴走することがあって、すると普段とは比にならないほど強くなって、人を傷つける」
つまり仙葉さんは人に囲まれたりすると不安や恐怖に駆られてしまう、ということなのかな。
あんまり人を集めすぎないようにしよう。
「昔から、私の身体能力が高すぎるから気持ち悪いとか、何度も念力を当てちゃって、一緒にいるのいつか死んでしまう、とか言われたんだ」
だから彼女は人と関わるのが苦手だというふうに言ったのか。それなら余計、無遠慮に話しかけてしまったのは間違いだったんだろう。
「ひどい」
「間違ってないよ。おかしいのは私だし、危害を加えてるのだって事実なんだから」
「仙葉さんはおかしいんじゃなくて、特別なんだ。仙葉さんにとっては忌むべきものかもしれないけど、一つの才能でもあるから」
言ってしまってから、この言葉は仙葉さんを傷つけると気づいて、顔面は蒼白になった。
「じゃあ、有常くんは私の傍にいてくれるっていうの?」
僕があんなことを言ったからだろうか、次に返ってきた仙葉さんの言葉は棘を帯びていた。
だがそれも仕方のないことだ。これまで、超能力のせいでどれほどの人間に避けられてきたかもわからない仙葉さんに、それが特別で才能だなんて言ってしまって。
せめて僕くらいは、仙葉さんを気味悪がったり怖がったり離れていったりしないようにしよう、と思う。
「仙葉さんが望むなら」
「離れていったら許さないから」
彼女はどうしても僕の言葉を信じられないようだった。
だったら僕は、行動で彼女に示さなければならない、そうする義務があるから。
あの後彼女は案の定、同じクラスどころか同じ学年、そして同じ学校のほとんど全員に避けられてしまった。
彼女の噂が絶えることはなく、むしろ他の悪いデマも散布されるほどで、人の噂も七十五日といっても彼女は常に非難の視線を向けられ続けた。
僕は、高校生活の三年間、同じような視線を向けられ続けた。
ずっと彼女の傍にいたから。
でも彼女の傍にいることが出来て、有意義な時間は過ぎていって、大学の入学式はすぐそこまで近づいてきていた。
「お、舞以。おはよう」
「おはよう」
彼女はスマホを開いていた。
「何してるの?」
彼女は無言でスマホの画面を僕に見せつけてきた。
それは、小説投稿サイトだった。
小説編集のページが開かれている。タイトルは――『私はおかしいんだと悩む君へ』。
「今はもう、悩んでないの?」
「直人くんのおかげで」
私はおかしいんだと悩む君へ ナナシリア @nanasi20090127
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