夢
「おはよう、おねぼうさん。」心地良い低音が聞こえてきた。体を起こすと懐かしい庭と多くの絵が見えた。今はもういない清歌さんが使っていた部屋だ。
「千代、菊さんが待ってるよ。」おばあちゃんが?そう聞き返した。
「そうだよ。」なんで清歌さんもおばあちゃんもいるの、もう会えないのに。そんな疑問が口から溢れていた。
「さあ、なんでだろうね。それは千代が一番分かっているんじゃないのかい?」これは夢。これが夢なのはわかっていた。
「そうだね。…おばあちゃんの所に行こうよ。」清歌さんの手を引いて茶の間へ向かった。清歌さんの手の温かさを思い出してしまった。これが夢でなければいいのに。
「あら、千代ちゃんおはよう。またきよちゃんの部屋で寝てたの?」お茶を飲みながらおばあちゃんが笑っている。その何気ない景色だけで泣きそうになった。
「うん、そう、みたい。」毎週末泊まりに行っていた頃と何も変わらない会話だった。いつも清歌さんの部屋で寝ちゃってた。清歌さんの絵に向かう姿、好きだったな。
「きよちゃん、ありがとうね。」
「いえいえ。千代は湯たんぽみたいに温かいのでよく眠れますから。」
「千代ちゃんは体温が高いからね。」私と清歌さんの分のお茶をおばあちゃんがそそいでくれた。戻りたい。ああ、これが夢じゃなければよかったのに。この夢の中にずっと居たい。願っても意味がないことなのはわかっているけれど願ってしまう。そっと清歌さんの両手が私の頬を包んだ。清歌さんの温もりを感じた。
「どうした?綺麗な雫を落として。」その優しい声に押し込められていた感情が溢れてしまった。全部、全部思いも言葉も流れてしまう。
「戻りたい。戻りたいよぉ。高校も、仕事も頑張ったのに。でも上手く出来ないことばっかり。メンタルだって強くないのに勝手に強いと決めて色々言ってくる人だっているし。悩み相談できる人なんておばあちゃんと清歌さん以外いないのになんで居なくなっちゃうのぉ。苦しいよ、辛いよ。」私は子供のように泣きわめいた。そんな息が上がった背中を二人は優しく擦ってくれた。
「千代ちゃんは毎日頑張っているよ。小さい頃からずっと側で見てきたおばあちゃんが保証してあげる。」
「千代、側にいれなくてごめんね。千代は何事にも動じないし、菊さんの家に居候している他人の私に優しくできる子だから頼られてしまうんだろうね。お疲れ様。」二人の言葉は私の視界を揺らすだけ。暫くの間泣いた後、冷めてしまったお茶を飲んだ。
「ねえ、夢だから二人に会えたこと、忘れちゃうのかな。」
「どうだろうね。でもね千代ちゃんが必要だと思うなら覚えていられるかもしれないね。」優しいおばあちゃんの声は変わらない心地いい声だった。
「千代、君 ら大 夫。 か 、 代の りた こ を っていいんだ。 援 し る 。」清歌さんの言葉が段々と遠のいていく。目を開いていることさえ出来なくなって閉じてしまう。嫌だ、まだ起きたくない。暗い中、ふわりと清歌さんの香りが鼻を掠める。抱きしめられているのがわかった。
アラームの音で目が覚めた。画面には五時半と表示されていた。ああ、起きないと。少し冷えた床に足を下ろして洗面所に向かった。鏡を見ると目の前の私は泣いた跡がついていた。悲しい夢だったのかな。思い出せない夢のことを考えても時間がなくなっていくだけなので仕方なく準備を始める。
なんか今日は少しだけ仕事に行くのが嫌じゃないかも。
夢 花園眠莉 @0726
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