第29話 第一章最終話



 刺さっているのだ。広大な白いクラゲの背に、これまたクラゲの甲から削りだされた白い鉾が。つまり、過去にどこぞの猟師が刺した鉾だった。それが残っているのだ。相当古いものかもしれなかった。


「逆さまになるから落ちないでよ」とシューニャ。

 シューニャは機体をひねり、なめらかに反転する。エイナイナからも鉾が良く見えた。

「いける。絶対とる」

 鉾の柄がぐんぐん近づいてくる。少し変わったデザインの鉾槍ほこやりだった。切りつけたは良いものの抜けなくなったのかもしれない。だとすると、簡単には抜けないかもしれない。

 エイナイナは両手でがっしりと鉾の柄を掴み、そして引き抜いた。

「よし!」

「とれた?」

「鉾槍だ。やはり表皮が硬くてもりの刃が立たなかったんだろう」

 そう言ってエイナイナは鉾の柄を手になじませる。そして柄に刻まれた刻印を見ると、何かに気が付く。

「これは……」

「使えそう?」

「いける。長いし軽いし物がよさそうだ」

「誰か知らないけどあれだけの大物に挑む漁師だ。良い道具を使っているに決まっている」

「このまま行こう」と、エイナイナ「敵はわたしが武器を手にしたことに気づいていないはずだ」

「よし!」とシューニャ。急旋回し、背後で笛を吹いている機体へとつっこんでいく。

 敵はこちらの帆を破れば勝ちだが、こちらとしては少数の手練れのディンギーを破壊したところで別の機体に乗り換えられてしまっては意味がない。確実に手練れを戦闘不能にする必要がある。

「やってやる。みんな叩き落としてやる」と、エイナイナ。


 後部座席のエイナイナは前傾しシューニャに覆いかぶさるような体勢をとった。

 視界にぬっとディンギーが現れ、笛を口に咥えた兵士が迫ってくるが、兵士は明らかに油断していた。武器を構えてすらいない。エイナイナはすれ違いざまに鉾槍で首を斬りつけた! 鮮血せんけつが飛び散る。十分な手ごたえがあった。

 そのすぐ後ろに隠れていたのがムムゥサだった。

 さすがに異変に気づいたらしいムムゥサは鉾を振り上げている、がエイナイナは手にした鉾でムムゥサの鉾をパンッとはじいた。面食らったように口を開けるムムゥサの顔が網膜に焼きつく。エイナイナはそのままムムゥサの……二の腕を斬った! 首を狙いたかったが、はじかれた腕が首を隠していたのだ。手ごたえはいまいちだった。

「浅い。もう一度!」とエイナイナ。

 シューニャはまたも機体をぐるりと旋回させ、ムムゥサの背後に回る。腕まわりを鮮血で染めるムムゥサ、さすがに動けないでいる。

「殺す!」とシューニャ。

「うぉおおお!」とエイナイナ。

 エイナイナは鉾を力いっぱいムムゥサのうなじめがけて振り下ろす……! が、その瞬間、ムムゥサはディンギーの下の穴からするりと飛び降り、エイナイナの鉾はむなしく宙を切り裂く。

 シューニャはすぐさま、命綱にぶら下がるムムゥサめがけて急降下を開始するが、ムムゥサは自ら命綱を切り、落下していった。

「くそっ!」とシューニャ。

 さすがにシューニャも追撃を諦めた。雲から出てしまうと厄介だ。

「あまり手ごたえは無かったが、かなり出血していた」とエイナイナ。「あいつはもう自在には飛べないだろう」

 下の方で笛の音が聞こえる。おおかた救命気球から助けを呼んでいるのだろう。その笛に呼応するよう、雲の上の方でも何回か笛の音が聞こえた。

「近くに気配は?」とエイナイナ。

「ない。もう一人くらい上手いやつがいたと思うけど……、近くには居ない気がする」

「逃げよう。少なくとも二人は戦闘不能に出来たと思う」


 二人はしばらく雲の中を慎重に飛び、その場を去った。すぐにディンギー兵らの気配は感じられなくなり、二人は雲の上に出た。

「諦めたみたいだ……」

 あたりに気配はなかった。

「波動計で補足されないか?」

「ディンギー一機を見つけるのはそう簡単じゃない。味方が多いとノイズも多いし……、このあたりは細かいクラゲもいるし……」


 二人はしばらくシノニッタの方向を眺めていた。日は傾き始めていて、雲の波は少し赤味を帯び始めていた。


「エイナイナ、ありがとう。逃げ切れたのはエイナイナのおかげだ」と、シューニャが言った。

「シューニャ。この鉾を見てくれ」

「エイナイナが持っててよ。わたしはこのディンギーを片手で支えられない」

「そうじゃない。刻印をみてくれ」

 エイナイナは鉾の柄に刻まれた刻印をシューニャに見せた。それはホーの文字の最後の払いが伸び、三叉の銛先になっている独特のマークだった。

「これ……。父のだ! この鉾槍、父のだ。なんで? どうして?」

「どうしてって……。そうか、シューニャの父はかつてあのクラゲと格闘して、それで逃がしたんだな」


 シューニャのちちはルッパジャに処刑された。シューニャの口から聞いたわけではない。ダーシテの父が教えてくれたんだ。前の座席でシューニャはうつむいて肩を振るわせていた。シューニャが今回のレースにこだわったのも、父への思いがあったはずだ。


「キッドニアで聞いたんだ。お父さん、凄腕の漁師だったってね」

「エイナイナ、それ、大事に持ってて」

「承った」

「エイナイナ、わたしのわがままに付き合わせてしまってごめん。ケンデデスに帰ろう」

 シューニャは複座のディンギーを北へ向けた。

「助かりました。シューニャのお父さん……」

 エイナイナは鉾をぎゅっとにぎり、呟いた。

「これでエイナイナもお尋ね者だ」

 エイナイナはふふっと笑った。

「仲間だな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空賊のお仕事: 主人を助けるために空賊に身売りされました 秋山黒羊 @blacksheep1375

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ