第3話
お腹いっぱいになって私は自室に戻った。砂川さん、いい人だ。伊野尾さんは変な人だったけど、面白そうなことを考えてそう。
私は戸棚を開けて、ブレスレットを取り出した。祖母からもらったもの。光を受けてきらりと光った。
「お祖母ちゃん、今日色んな人と会ったよ」
ブレスレットに向かって語りかける。祖母が亡くなって3年経つ。会いたいなぁ……。
「いけない、2限始まっちゃう」
ノートとペンケースを鞄に入れて立ち上がる。ブレスレットを手首に巻いてから、扉を開けた。
「桃ちゃん」
学校から帰ってきたあと、二階の手前の部屋のドアから砂川さんが顔を出して私を呼んだ。
「砂川さん」
「ちょっと助けてほしい」
「どうしたんですか?」
砂川さんの部屋に入ると、そこには巨大なキャンバスが横たわっていた。赤色とピンク色が印象的な抽象絵だ。
「綺麗な絵」
「いいだろう? 徹夜して描いちゃった」
砂川さんが愛おしそうな目をした。
「この絵の反対を持って、一緒に壁に立てかけてほしいんだ。大丈夫かな」
「やってみます」
「ありがとう」
片方の縁を持ち、絵を持ち上げる。そして壁に立てかけた。
「手、大丈夫? 痛くない?」
「はい、大丈夫です」
絵は陽光を受けて光っていた。その瞬間、私はデジャヴのようなものを感じた。なんだろう、この感じ……昔も経験したような気がする。
「大丈夫?」
砂川さんが心配そうに私を覗き込んだ。
「あ、はい、大丈夫です」
私は笑った。ほっとしたように砂川さんが絵に向き直る。
「いつも静物画を描いているから、抽象画は新鮮だったよ」
「そうなんですね」
「この絵、三階の『白の間』に飾ろうと思うんだ」
「三階があるんですか? そんな階段見たことないです……」
「それがあるんだよな。階段が現れるのが気まぐれだから、行けない時は徹底的に行けないけど」
「? どういうことですか?」
「ふうらい荘は生き物みたいなもので、意思があるんだ」
「……それ、ほんとですか?」
ふふっと砂川さんが笑った。
「桃ちゃんは純粋だね」
「よく言われます」
「だいたいの人は嫌な顔するか、冗談として受け取るかだけど。すぐ信じてくれる人に初めて会った」
よっと声を出して、砂川さんは絵を持った。
「行ってくるね」
「お手伝いしましょうか!?」
「いや、大丈夫。桃ちゃん調子悪そうだし」
「そんなことないです。さっきはちょっと思い出しそうなことがあっただけなんです」
私は絵の後ろ側を支えた。
「……ほんとに大丈夫?」
「はい!」
そろりそろりと移動して、部屋を出る。廊下を進むと、奥に向かっていった。
ふうらい荘へようこそ! はる @mahunna
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