第2話

 翌朝、私は意を決して、ふうらい荘の大部屋に行った。ドアを開けると、ふわりと古い木の香りと、すき焼きのような匂いがした。

「いい匂い……」

 視線を前に向けると、一人の男性が鍋を前にして座っていた。マッシュ頭に無表情で、黒のとっくりセーターを着ている。

「こんにちは」

 声をかけると、彼は頷いた。

「……美味しそうなすき焼きですね」

「いいだろう。食うか?」

 めちゃめちゃ太っ腹である。私は喜々として男性の向かいに座った。

「いいんですか!?!?」

「いいも何も、行動が早ぇな」

「でへへ」

 彼は黙々と手を動かして、碗に豆腐や肉などをよそってくれた。

「ありがとうございます! いただきまーす!」

 箸を動かした時、バタンと大きな音がして、部屋にもう一人入ってきた。眼鏡をかけた白シャツの男性だ。

「よ、砂川。なんだ、彼女とすき焼き食ってんのか?」

 そう言いながら、こちらにやってくる。

「彼女じゃない。初対面だ」

「はじめまして。彼女じゃないです。今年の4月から引っ越してきた吉澤桃といいます」

「へぇ。もう半年になるじゃん。俺は砂川弘。画家やってる」

 目の前のとっくりの男性がそう言った。え、画家さんなんだ……学生かと思った。

「俺は伊野尾明。〇〇大学の史学学科専攻二年だよ」

「あ、私も〇〇大に通ってます! 美芸学科専攻の一年です」

「そうなんだ、よろしくね! ふうらい荘にようこそ」

「こいつふうらい荘オタクなんだ、余計な話させないように気をつけろよ」

 砂川さんが耳打ちをしてくる。

「そうなんですか?」

「おーい聞こえてるよ〜」

 伊野尾さんがにこにこしながら割入ってきた。

「ふうらい荘には秘密があるんだ」

「ほら、始まった」

「でもまぁ、こればっかりは自分で体験した方が面白いよ。……吉澤桃くん、二階の奥の廊下に何があるか知っているかい?」

「いえ、奥には行ったことないです」

「探検してみると面白いよ……ま、稀に行方不明になる人間もいるけどね。ふうらい荘に気に入られたら、その心配はないけど」

 なんだなんだ。私が砂川さんを見ると、砂川さんは肩をすくめた。

「な、言ったろ」

「ここはジャングルとでも言いたいんですか」

 伊野尾さんがにやりと笑う。

「残念だけど、こいつの言うことは本当だ。安全が分からないうちはむやみにこのアパートを探検しないほうがいい」

 砂川さんまで。私がきょとんとしているのを見て取ったのか、砂川さんがこほんと咳をして言った。

「ま、とにかく、すき焼き食え。俺一人じゃ食いきれない」

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