ふうらい荘へようこそ!

はる

第1話

 森山と出会ったのは、大学の講義室でのことだった。

「おいお前、同じ美芸学科だったなァ」

 私はスルーしようかと思った。だってあまりにもガラが悪すぎる。でも、それは人間としてどうかと思ったので、私はその人に微笑みかけた。

「そうですけど……どうかされました?」

「教科書忘れたんだ。悪いが見せてくれねェか」

「いいですけど」

 私はその人に教科書を差し出した。

「ありがとよ。俺は森山っていうんだ。よろしくなァ」

「はぁ……私は吉澤っていいます」

「すみません、僕も教科書忘れて……見せていただいてよろしいでしょうか……」

 森山の横の男子学生がそんなことを私に言ってきた。

「別にいいですけど……見にくくありません?」

「他のやつに頼めよ。吉澤が見にくいだろうが」

「すみません……友達いなくて、角席ですし……」

「お前、おどおどしてる割に主張つえェな。……仕方ねェなァ、吉澤、いいか?」

「いいですよ」

「ほらよ」

 自分の教科書じゃないのに尊大な態度である。

「ありがとうございます、吉澤さん、森山さん」

「いいよ全然〜。あなた、なんて名前?」

「僕は香川といいます」

「香川くんね。美芸学科?」

「はい、そうです」

 見かけたことはない。

「そうなんだ、よろしくね〜」

 私達は3人並んで講義を受けた。

 それは5限の授業だったので、講義が終わったあと、私は帰る心づもりだった。教科書を鞄にしまい、私は二人に言った。

「それじゃ」

「おう、またな」

「お疲れさまでした」

 そして帰路につく。……何故か二人とも、同じ道を歩いている。

「帰り道、こっちなんですね」

「そうだな」

「僕も同じです」


そして、三人は同じアパートの前に立った。

「まさかの」

「お前らもふうらい荘の住人だったのか」

「驚きですね」

 ふうらい荘とは、私の住む木造のボロアパートである。外観は禍々しく、巨大で増築を繰り返した後がある。大家は腰の曲がったよぼよぼのお婆さんの山下さんである。

 私は個人的に、この外観に惹かれてこのアパートと契約したのだけれど、この二人の美芸学科専攻も同じ理由なのだろうか。

「私達、感性似てるのかも」

「そうかもしれませんね」

「お前らもこの外見に惹かれたのか?」

「そう」

「ふん」

 森山が鼻を鳴らした。機嫌が悪そうには見えない。

 ふうらい荘はアパートだけれど、内部構造は寮のようである。一つの玄関があって、廊下が突き当たりまで伸びており、両サイドに各部屋のドアが並んでいる。奥には共同の大部屋があり、そこで団らんしたり、ご飯を食べたりできる。私はまだあまり使ったことがない。

「同じ机に座った3人が同じアパートって、不思議な縁ですね」

 香川くんがにこにこして言った。

「そうだね」

「俺はどんつきに住んでる」

 森山が目つき悪く言った。

「私は二階だよ〜」

「僕も二階です」

 だからかは分からないが、一階の大部屋にはあまり行かなかったのだ。

「俺はよく大部屋にいるから」

「そうなんですね! 僕はあまり行かないので、お見かけしたことはなかったです」

「私も全然行かないからな〜」

「ボドゲしたりアニメ見たり、大部屋にしけこむ奴は色んなことしてるよ」

「そうなんだ。今度行ってみるね」

「僕も行きたいです」


 そんな感じで各自部屋に戻った。紅茶をカップに注ぎながら、わくわくしている私がいた。大部屋。人見知りなのでなんとなく避けていたけど、話を聞くかぎり楽しそうだ。新しい扉が開かれる予感がした。


 明るい光を放つ月が私の部屋の窓から覗いていた。私は知らなかった。ふうらい荘にはまだまだ秘密があることを。

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