第9話「過去との対面」

 Side 羽崎 トウマ


 =朝・ショッピングモール=


 朝早く起きる。

 皆も早起きだ。

 とりあえず腹ごしらえした後、先ずはショッピングモールに向かう。

 手分けして探したが特に異常らしき異常はなかった。


 そして——最後に辿り着いたのは——


 =昼・T中学校=


「とうとう来ちゃったな——」


 俺達は校門が開きっぱなしの中学校を前にする。

 やたら広い運動場とかも相変わらずだ。

 

「ここがトウマさんが通ってた中学校——」


 と、物珍しげにセイナが言う。


「ああ。正直嫌な思い出ばかりが目立つ——」


 虚構の中学校でも、こうして足を踏み入れた以上はイヤが上でもその当時の事を思い出してしまう。

 

「だけど全部が全部いじめが原因じゃないんだよな——ここに通ってた時——君らぐらいの年齢の時は何となく生きて、何となく頑張れば夢は勝手に叶うって思ってたから。ようするに勉強から現実逃避してたんだよな」


「トウマ——」


「ごめん、はるな。自分語りが多くて——」


「ううん。ここから脱出する重要な手掛かりだと思うから続けて」


 俺は「そうか」と返して皆を先導して、先ずは体育館に辿り着く。

 体育館は2階構成。

 卒業式とかやる広いフロアは二階部分だ。

 そこも嫌な思い出が次々と湧き出してしまう。


「卓球部だったんだけど幽霊部員だったな―—」


「部活、楽しくなかったの?」


 心配そうにようこが尋ねる。


「卓球部やったのは親のご機嫌取りのためだったからな。それに元々練習嫌いだったのもあるし、それに部員との仲も上手くいかなくてさ——」


 小学校から仲良かった奴ともこの頃から付き合いが悪くなった。

 こればっかりは自分の責任だろう。


「体育の時間も大変だった——不良の機嫌を損ねると拳が飛んでくるからな」


「酷い——」


 まどかが苦しげな表情をする。


「……この場を後にしよう」


 そして教室がある校舎に移動する。


「もう二度と来る事はないと思ったんだけどな——」


 目指すは教室だ。

 一通り見て回るが変わったことはない。

 と言う事は——


 =T中学校・図書室=


「やっぱりここか」


 ビンゴだ。

 図書室。

 そこが自分にとっての聖域だった。


 本のラインナップも中学3年の時のままだ。

 どうしてそんな事が分かるのかって?

 中学3年当時の、自分のイラストが書かれた張り紙が貼られていたり、その当時の人気だった本が人目に付きやすい場所に置かれているのだ。

 嫌でも分かる。


「初めまして。中学時代の俺」


 そして図書室のテーブル席に中学時代の自分がいた。

 いまより体格も小柄で痩せてる。

 体格だけはいっちょ前で脳みそがスカスカだった中身のない、主体性のない自分だった頃の自分が座っていた。 

 白いカッターシャツに黒い長ズボン、夏の制服姿だ。長ズボンにカッターシャツを入れ込むスタイルも当時のまんまだ。

 カッターシャツのボタンも全部キッチリ止めている。


「早かったね」


「いや、遅かったぐらいだ」


 と返した。

 本当は分かってた。


「アナタの仕業なの?」


 単刀直入にはるなが聞いた。


「分からない」


 昔の俺がそう返す。


「正直自分でも何が何だか——えーと、アナタは未来の自分だって認めたくないけど何となく分かるんだ」


「まあ認めたくないよな。夢破れて、中年太り気味の未来の自分なんて」


「ああ、そうなんだ」


 昔の俺はそうは言うが、あまり落胆している様子は見せなかった。


「それでアナタはどうしたい? この世界に引き籠り続ける? それとも出ていく?」


「出ていく一択だ。皆とも、唐突だけどお別れする」


「どうして?」


 皆が押し黙る中、俺は言葉を続ける。


「確かに世の中辛い事ばっかりだ。今も母親の顔色伺いながらどうにかこうにか生きている」


「死にたいとは思わなかったの?」

   

「思ったさ」


 俺は正直に答えた。


「何度も何度も思った。カッターナイフを手首に押し当てて躊躇い傷を作った事もあった。心療内科にも通った——」


「そう——」


「昔の俺——君は俺の心の写し鏡なのか?」


「気が付いたらこの世界にいたとしか——だけどこの世界は僕が制御しているのは何となく分かる」


「そうか——」


 どうやら自分でもよく分からないらしい。

 だけどこの不思議で奇妙な一時も、終わりが近づいているのは分かった。


「聞きたい事がある」


「なに?」


「僕はこれから——具体的にはどうなるの?」


 とんでもなく辛い質問だった。

 だが俺は答えてしまった。 


「さっきも言った通り、君はこれから先、周囲に流されるがままに。不平不満や誰かの顔色を伺うままに生き、イジメに怯えつつもどうにか中学を卒業し、頑張ると言う行為に異議を見いだせなくなる——エグイ話だけど、イジメられたからと言って将来が約束されるワケじゃないんだ」


「やっぱりか——」


「ちょっとトウマ、そんな言い方はないんじゃないの!?」


 ようこが慌てて止めに入る。


「いいんだよ——黄戸さん。分かっていた事だから。それに辛いのは未来の自分もだから」


「そんな——」


 まどかが口元を抑えてショックを受けている様子だった。


「ああ。自分の子供を叱りつけるような気分って今の俺みたいな気分なのかな? ともかく、どう言えばいいのやら——」


「大丈夫。気持ちは伝わってるから——」


 そして過去の自分はポタポタと涙を流す。


「ねえ? 僕はこの先、何回悔し涙を流すのかな?」


「それは——分からん。数えた事もない」   


「……まだ帰りたくない」


 ポツリとそう漏らした。


「まだ帰りたくない。本当は——僕も——」


「んじゃあ今から遊ぼうか?」

 

 俺は昔の僕にそう提案した。

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