第4話「いじめの過去」

 Side 羽崎 トウマ


 =昼・自宅?リビング=


「こうしてると、やすらぎ市での事を思い出すね」


 野木さんが、桜さんに話を振る。


「うん。あの時はひかりちゃん達もいたよね」


「元気にしてるかなひかるちゃん達」


「きっと元気にしてるリン」


 などと二人と一匹が会話をしながら食事をする。

 俺はそれを遠巻きに眺めていた。

 会話の内容からして劇場版での出来事を思い出してるようだ。


 その劇場版では一日を何度も繰り返すタイムリープが題材だった。

 異常な状況下である事はその出来事と共通している。


「そう言えばトウマさんって友達いるんですか?」


 と、桜さんが話題を振る。


「職場の友人とか、SNSで知り合った人とかがいる。学生時代の友人は疎遠か忘れた」


「学生時代の友人忘れちゃったんですか?」


 野木さんが「しまった」と言う顔をしているが俺はちょっと口元を引き攣らせて苦笑しながら


「ああ。携帯電話とか持ってなかったのもあるけど、人付き合いが下手でね」


 と言っておいた。

 

「いじめられてたんですか?」


 桜さんがそう尋ねてきた。


「どうしてそう思うんだい?」


「辛そうな顔をしていたから」


 ピュアリアの少女はやはり特別らしい。

 敵わないなと思った。 


「答えはYESだ——中学時代いじめられていた」


「どうして——」


「自分がおかしい奴だったのもあるけど——まあ今にして思えばなるようにしてなったと思うな」


「どう言うこと? そんなことで?」


 根は純真なんだろうな。

 たぶん産まれてこの方そう言うのと縁なく育って来たんだろう。 


「じゃあ逆に聞くが——クラスの中でこいつキモイわ、とか変だわ、とか思ったことある? ないならそれで構わない——自分はそう言う側の人間だったのも一つの要因だってことだ」


「羽崎さんが?」


 戸惑うように尋ねる桜さん。

 そこでは野木さんが「でも、いじめられてたのはやっぱりおかしいと思う」と主張する。

 ウサリンも「僕もそう思うリン。間違ってるリン」と野木さんに同意する。

 やはり君達は、ピュアリアに選ばれるだけあってとても優しいんだなと思った。


「君達はやっぱり優しいね。だからこそピュアリアに選ばれたんだと思う」


「当たり前リン。まどかは優しいリン」


「ちょっとウサリン——」


 ウサリンの言葉に桜さんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 俺は微笑みを慌てて引っ込めながら話を続けた。


「話を戻すよ。いじめられた要因にはどうしてもいじめを行う——不良連中とかやその時の中学の空気とかもある」


「「中学の空気?(リン?)」」

 

 二人と一匹の声が重なる。


「暴力行為を受けた事を教師から隠し通すと不良から褒められるシステムがあったんだ」


「ええ!?」と桜さんが、「そんなのおかしいよ!?」と野木さんが言う。


「だが実際そうだったんだ——」


「羽崎さんは隠そうとしたんですか?」


 桜さんが尋ねる。


「ああ。更に報復を受けるからね。教師に暴露しても注意されて終わり。あとは仕返しでボコボコにされるだけ。そう言うシステムが出来上がってたんだ。親にイジメの事実が届いても結果は変わらず。卒業まで通い続けて、高校になって縁が切れるまで続いた」


 まあそれでも高校時代でも物を漁られたり、金をパクられたりとかはあったが。

 一回物を漁られたとき、イジメの過去がフラッシュバックして暴れてしまった事があったのは、今となっては苦い思い出だ。


「つまり、俺の中学時代にはそう言う事が出来る悪い奴がいたんだ——友達の名前は忘れても、そいつらの名前は今でも覚えているよ」


 そうなのだ。

 親しい友人の名前は忘れてるのに、殺したい、イジメてきた奴の名前は今でも覚えているのだ。

 その事実に話して今気づいてしまった。


「うん―—分かるよ。羽崎さんの気持ちよく分かる」


 いじめの経験があるからだろう、野木さんが辛そうな顔をする。

 もうこの話はやめにしておくか。


「辛気臭い話はやめだ。自分の事を語ると、どうしてもこうなってしまうな——」


 自分の身の上話は明るい物ばかりではない。

 うつろ辛い事が多すぎる。

 自分の事を語る事その物を禁じた方がいいかもしれない。


「ごめんなさい。私のせいでこんな——」


「いや、いい——それに俺をいじめていた連中にもなんか理由があったかも知れないしな」


 と、桜さんの態度を見て慌てて何故かいじめた連中の擁護をする俺。

 

「どうしてそう言えるんですか?」


 続けて桜さんが聞いてくる。


「分からない。仕返しするな——とは言えないけど、復讐に身を委ねるのも間違っていると思うから——いいや違うな、カッコよく言ってるけど、こんなのただの言い訳だ。やり返す度胸が無かった——負け犬の遠吠えみたいなもんだ」


「そんな事ない!!」


 野木さんが立ち上がって俺のもとに駆け寄る。

 野木さんは顔を真っ赤にして泣いていた。

 

「羽崎さんは偉いよ!! やり返さず!! イジメに耐えて!! やり返さず、ちゃんと中学卒業したの!! 凄いって思うもん!!」


「そ、そうか? 親には馬鹿にされたけど——」


「けど! 私はそう思う!」

 

 それに続くように桜さんも立ち上がり、何故か泣きながら—―


「私もそう思う! それに羽崎さんの親は間違ってると思う!」


 と、言う。

 ウサリンは「まどか……」と悲しんでいる様子だった。


「いや、けど親にも親の立場とかあるからさ——それにニートになって今は精神障害で仕事休んでる身だし……」


「その理屈だと昔の私は羽崎さんみたいな、弱っている人は全員ダメ人間なの!?」


「それは——」


「私、まだ大人の世界とか世の中の事とか全然分からないけど、けどそんな社会間違ってると思う——」


 そう言い終えた後ウサリンが——


「まどかは優しいリン——羽崎さんは自分に厳しすぎるリン」


 桜さんに思わぬ援護射撃を行った。

 

「そうだよ。羽崎さん自分に厳しすぎるよ——」


 野木さんがそう言ってくる。

 身を此方に預けて泣いていた。


「でも、その」


「その?」


「そうしないと——怖いんだ——昔のダメだった頃の自分に戻りそうで、怖くて怖くて仕方ないんだ」


 自分を甘やかすと昔の自分に戻りそうで怖い。

 そんな恐怖感がある。

 ただでさえ社会人として半人前以下なのに、ロクに努力もせず、将来の事もボンヤリとしか考えず、夢に現(うつつ)を抜かして生きているような奴なのに。

 

「大丈夫。きっと大丈夫だから。戻っても——」


「諦めなければ夢は叶う——か? まあ下を向いて歩いて、日々を嘆いて生きるよりかはマシな生き方かな」


「うん——」


 嬉しそうに野木さんは頷いた。


「夢は叶わないかも知れない。身の丈に合わない夢を持ち続ける事はバカのする事かも知れない。でも——夢がない人生なんて、なんなんだろうな——って思うよ」


「うん——」


 夢がない人生。

 希望もない人生。

 そんな人で溢れかえる現代社会。

 そんな社会にありふれた一人でしかない自分。 


 でも——


「ありがとう——自分のために——泣いてくれて」

 

 今だけは一人の人間として。

 素直に胸を張って礼を言おうと思った。

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