第2話

 その表示画面を見た高円寺が言った。

「これって動画の投稿サイトだよな。俺も知ってるぞ」

「世界的に有名なサイトで、アプリもあります。ここは動画の投稿だけではなく、ライブ配信のサービスも行っています。直接、配信者にコメントを送ったり、チャットや音声でのボイスチャットをすることも可能です」

そう言って堀切は語を継いだ。

「今、ご覧になっているのは、メールの送り主である「業火の道化師」なる人物のアカウントページです。アドレスにアクセスしたところ、そのままこのページに繋がりました」

画面の右上に、二股帽子を被ったピエロの顔らしきイラストが入った丸いアイコンがある。まるで切り絵のような形の黒いシルエットだった。堀切は続ける。

「登録されたのは一週間前。現在は動画の投稿も、ライブ配信をした記録も、動画の閲覧履歴もありません。まっさらな状態です」

「ちょっと待て」

話を止めた高円寺は、謎めいた犯人の思惑を推し量った。

「このサイトはライブ配信ができる。向こうは俺らにクイズに答えろと言ってる。ってことは・・、もしや・・、テレビ番組みたいに、そのクイズをサイトで配信するつもりなのか!?」

目を丸くした高円寺に、堀切は推測を述べる。

「チャンネルは作成されているので、おそらくそうではないかと。でなければ、ライブ配信ができるサイトを選ばないでしょう。警察と会話したいだけならば、ほかにもやり方がありますから」

「だとしたら、ふざけてる。クソッ!」

高円寺は右の平手で長机を叩くと肘をつき、その手で頭を抱えた。そして、堀切のパソコンの画面を見つめながら本人に訊ねた。

「アカウントから身元は?特定できるだろ?」

「当然やりました。このサイトはメールアドレスのみで登録が可能なので、そこからいろいろと当たったのですが、あちらもかなりやり手のようで、どうやら登録時にサイトのシステムを裏でいじったようでして、自身のアカウントを追跡しづらくしてあるんです。なので、本日中に特定することは無理です」

抱えていた手を頭から離した高円寺は、肘をついたまま堀切を指差し、もうひとつ案を出す。

「なら、運営会社に連絡して、アカウントを停止させればいいじゃないか。そうすればクイズは出せないし、こっちもそれで答えられなかったって言い訳もできる」

しかし、その案も打ち消される。

「そちらもすでにやりました。運営会社の話では、強制停止を試みたところ、それができないようなんです。おそらく犯人にとっては想定済みだったんでしょう。外部から停止や削除ができないよう、自分のページだけプログラムを作り替えた可能性があります」

専門的なことはわからない高円寺は堀切に問うた。

「ただの登録者がそんなことできんのか?」

「高度な技ですが、やってできないことではありません」

そして、堀切は語を継いだ。

「簡単に言えば、このページはサイト上で独立した状態にあるということです。だから、堂々と警察に見せたのかもしれません。こちらからはなんの対処もできないことを見越したうえで。これは自己紹介のつもりなんでしょう」

高円寺はまたも頭を抱えた。

「あー・・・」

ため息のような声を発した高円寺は呟いた。

「悩んでてもらちが明かないな。放っておけばまた誰か殺される。やるしかないのか」

現状では犯人を特定するすべがない。このまま迷っていても仕方がない。次の殺人を防ぐためにもと、意を決した高円寺はマウスを動かし、デスクトップパソコンに表示されたアドレスにカーソルを合わせ、思い切ってクリックした。すると、堀切のパソコンに表示されているページと同じアカウントのページが現れた。

「で、このあとはどうなんだ。ルールを説明するとかあったけど、どこ見りゃいいんだ?」

高円寺が画面を眺める。ページに動きはない。堀切が言った。

「このサイトにはブログのように自身の文章を発信する機能はありません。動画でも送られてくるんでしょうか?」

そのとき、進行席の固定電話が鳴った。そばにいた七節署の刑事、巡査長の中村なかむらが受話器を取って耳に当てる。やがて、中村は送話口を手で塞ぎ、高円寺に伝えた。

「係長、警務課からです。問い合わせページに犯人らしき人物からメールが届いたので確認してほしいと」

「なに!?」

高円寺は急いでパソコンを操作した。新たなタブでウインドウを開き、七節署の問い合わせページを表示させる。確かに新たなメールが届けられていた。

「どうなってんだ?堀切君、サイトに繋がったら向こうに通知でもくんのか?」

サイトに接続した途端にメールが来た。堀切の場合はそうでなかったのに。不思議そうにしている高円寺に、堀切は再び推測した。

「サイトにそういった通知機能はありませんので、おそらくですが、この署のページからアクセスした場合にのみ通知が来るよう、本人が独自に設定しているのかもしれません」

メールを見ると、≪警察の皆さん、はじめまして。≫という文から始まり、その下にクイズのルールが箇条書きで記されていた。高円寺がそれらを読み上げる。

「クイズは計三問。制限時間は一問につき十秒。解答者は現職の警察官一名のみ。一問でも不正解、もしくは無解答であった場合はゲームオーバー。七節町内で人を殺します。インターネット検索によるカンニング、別の者が代わりに答えたり、教えるといった不正と見られる行為をした場合も同様です。ただし、全問正解できればクリア。誰も殺しません・・。なんだよ、こいつは」

高円寺は犯人が警察をからかっているように感じて不快を露わにした。滝石はほかの捜査員を謝りながら遠慮ぎみに押しやり前に出た。屈んでパソコンの画面に目を遣り、文章の続きを読んで言葉を継いだ。

「解答は音声にてお願いします。本当に答えているかどうか、その様子がこちらにも見えるようにしてください。よって、お手数ではありますが、マイクとカメラをご用意ください」

諸星が案の定といった様子で言った。

「やっぱり。犯人はこっちの映像と声をサイトで生配信するつもりなんですよ」

「わざわざこんな手の込んだことして、一体こいつはなにがしたいんだ。わかんねえ」

高円寺は椅子にもたれかかり、頭をいた。予想が当たったとはいえ、犯人の意図が不明瞭だからだ。滝石が続けて読み上げる。

「本日の午後七時、以下のアドレスにアクセスしてください。その際、解答の有無を伺います。拒否した場合、または時刻を過ぎてもアクセスがない場合は先述したとおり、殺人を実行します。業火の道化師」

文の下にはURLのアドレスが表示されている。

「このアドレス、さっき見たページと同じやつか?」

画面を指差して高円寺が堀切に訊いた。堀切は小走りで進行席の内側に回り込み、そのアドレスに視線を向けた。

「似てますけど・・、微妙に違いますね。ですがサイトは同じのようです」

「そうか」

前代未聞の要求に、高円寺はやや項垂れてぼやいた。

「これじゃ俺ら、まるで操り人形じゃねえか。犯人のいいようにされてる」

しかし、不平を口にしてもどうしようもない。ひとつ息を吐いた高円寺は振り返り、後ろにいた七節署の刑事、巡査部長の柿田かきたに指示を出した。

「会議用のマイクとカメラあったよな。会計課行って借りて来い」

「はい」

答えた柿田は会議室を飛び出していった。そんなとき、堀切がふと自分のパソコンを見ると、犯人のアカウントページが更新されているのに気づいた。堀切は即座に確認して捜査員たちに伝えた。

「動画がアップされています。たった今です」

堀切はノートパソコンのタッチパッドを動かした。黒を背に≪予告≫の白文字だけが載ったサムネイル画像にカーソルを合わせ、動画を再生させる。捜査員たちの目が一気に注視された。すると黒い画面に、アカウントページにあったアイコンと同じピエロの顔のイラストがうっすらと現れた。そして、激しく重いクラシックのBGMが流れ出し、下に白文字でテロップが表示され、女の若そうな声でこう言っていた。

―予告。本日夜七時、現職警察官がクイズに挑戦。その模様をライブ配信します。配信時間が短いのでお見逃しなく。日本の警察がいかに無知で無能かをご覧になりたい方は、私のチャンネルにて。

宣戦布告とも取れる挑発的な内容であった。高円寺を含め、動画を見たほとんどの捜査員が眉をしかめている。動画が終わったあと、堀切は犯人のアカウントページを開いて精査した。

「すでに配信の準備ができているようです」

堀切はそう伝えた。動画の投稿ページにはふたつのサムネイル画像があった。ひとつは先ほどの予告動画、もうひとつは真っ黒で、左下に小さく≪配信予定≫と表示されたものだった。

「問題は、誰が答えるかだな」

高円寺は腕を組んでしばらく考えると、諸星を見た。

「諸星君。きみ、キャリアだろ。答えられるんじゃないのか?」

「いやあ・・、僕は、ちょっと・・・」

明らかに「自信がありません」と顔に書いてある。それは高円寺も一緒だった。仮にも刑事課の係長である。本来ならば先陣を切る立場であるのだが、万が一間違えでもしたら恥をさらすことになりかねない。殺人が起きれば自分の責任にもなる。高円寺はその責任を誰かに押しつけて逃げようとしているのだ。そんな薄情な考えを、周りの捜査員は本人の言動から読み取ることができた。

「だったら、輪島わじまさんのほうがいいかと。学生時代も成績優秀だったそうですし」

諸星は隣にいる同世代と思しき面長な顔の男を平手で指した。

「そうか。輪島君もキャリアだったな。できるか?」

絶好の機会だと高円寺は訊ねた。

「やってみましょう」

指名された捜査一課の輪島恒夫つねお警部補は笑みを浮かべ、意欲的に答えた。クイズが得意なのか不明だが、どこか自信のある表情をしていた。高円寺が両手をパンと叩いて立ち上がる。

「よし!残りは捜査の続きだ。現場付近に防犯カメラがなかったか、目撃者はいないか、被害者に怨恨の線はないか、担当ごとに徹底的に調べろ。配信前に犯人がわかれば、こっちとしては御の字だからな」

高円寺の指示で捜査員たちは散らばって行くが、滝石は残っていた。状況が状況だったため、現場にあったカードのことを話し損なっていたからだ。なんとか言うタイミングを窺おうとしている。

「堀切君も身元が特定できる情報がないか、ギリギリまで探ってくれ」

しかし、高円寺は滝石が目に入っておらず、堀切に申し入れていた。

「はい」

堀切はノートパソコンを持って自分が座っていた席に戻った。そこでやっと、高円寺は背後にいた滝石の存在に気がついた。数名の捜査員が事件現場や関係者のもとへ向かうなか、報告を済ませた滝石も捜査に行こうと廊下に出たとき、なにかに思い至って立ち止まり、ボソッと呟いた。

「あれ?そういえば管理官って誰だ?」


 その日の夕方、署内で捜査会議が行われたが、捜査員は徒労感に苛まれていた。手がかりらしいものは皆無に等しかったのだ。堀切らサイバー犯罪対策課も尽力したが、身元を特定するまでの情報は得られなかった。そうなると、クイズに答えるしか手立てがなくなっていた。高円寺は、沈んでいく夕陽を深刻な顔で眺めていた。

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