彼女の秘密

青いひつじ

第1話


とある心理学者が言っていた。

言葉に、そのままの感情が100%含まれていることはないと。


たとえば、「好き」という言葉の中には、純粋な"好き"という感情だけではなく、いろんな感情が入り混じっているという。


"どちらかと言うと好き" "あれよりは好き"

"この人好きそうだから、好きって言っておこう"




「大丈夫だよ。わたし、何も変わらないから」





仕事が終わった夜20時。

僕は今、冷たい風の吹く街を歩いている。

秋の風にはきっと、切なくなる謎の成分が含まれていると思う。



ずっと続いていくビルの明かりが、イルミネーションみたいに見えた。

今年も一緒にこの景色を見ると思っていた。



「寒いね」と笑うその顔に、不思議とじんわりと温かくなった。

雨の日だって、君と歩く僕の心は晴れていた。


コンビニの肉まんを見ると、君を思い出した。

大好きなチーズまん、半分割って、大きい方を君に。


なぜか、映画のチケットをお守りみたいにずっと財布に入れていたり、23という数字がやたらと輝いて見えた。




僕たちは、彼女からの告白で付き合った。


彼女はばれてないつもりだったかもしれないけど、いつも同じバスに乗って、僕の2列後ろに座る君。


きっと、僕のことを好きなのは、彼女の秘密。




そして、彼女が僕を好きになる前から、僕が彼女を好きだったこと。


いつのまにか、僕の方がずっと好きになっていたこと。


これは、彼女も知らない、僕の秘密。




この風が連れてくるのは、なぜか、泣きたくなる思い出ばかりだ。




4月は、桜の白い花びらが、風に吹かれて、空から舞ってきた雪のよう。


知らぬ間に、少しずつ変わっていく君は、闇夜に浮かぶ月のよう。


変われない僕は、壊れてしまった時計のよう。


なかなか会えない日々の中、僕らはまるで、かけちがったボタンのよう。


君は気づいているかな。


2人は今、雨の中、崩れていく砂の塔に向かって歩いている。




「大丈夫。来月も、会いにくるよ」




たどりついたって、そこにはもう何もないのに。



「大丈夫だよ。わたし、何も変わらないから」



彼女はいつだって、心に扉を閉めて、僕を励ますための言葉を選ぶ。


もう何度目か分からない。

新幹線の改札で、僕らは言い聞かせるようにその言葉を唱える。



「またね」



重たそうな石をぶら下げた彼女の耳。

歩くたびに響くヒールの音。

巻いた髪から、ふんわりと、風にのってくる香りはやたらと甘くて、悲しくなった。





「ほんとに、変わりたくなかったなぁ」



僕の言葉は、白い息といっしょに夜へ広がり、頬には一筋の光が流れた。













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彼女の秘密 青いひつじ @zue23

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