第5話 緊急ニュース
しばらくは師匠気取りの炒飯透明の話を聞き流していた。彼は自身の美学や哲学に酔う傾向があり、大半はどうでも良い話だ。そんな話よりもレンゲと皿の音で頭がおかしくなりそうだ。イキって天津飯を頼んだ自分を殴りたい。
スマホを見ながらふと思う。透明化のメリットはこれかもしれない。例えばこういう食事の場で上司や先輩とコミュニケーションを取るときは顔色を伺う必要や相槌を打つ必要があるが、透明になると姿が見えないので気にならない。今まさに私はポケットに手を入れてスマホを見て欠伸をしている。それでも相手は気が付かない。もし機嫌を損ねたり怒らせても、いざとなればその場から退散すれば良い。
「聞いてる?」
(え?)
一人で話し込んでいた炒飯透明も流石に気がついた。聞いてませんが、何か。この質問って本当に話を聞いてないときは困るキラーフレーズすぎる。というか、もういないことにしよう。私は存在してません。
「人としてどうかと思うぞ」
ウザっ。確かにコミュニケーションの取り方は最悪だけど、こっちの心理を読んできてるのがウザい。なんで透明になってまで馴れ合わなきゃいけないんだ。
「いるのはわかっているんだよ」
なんだこいつ! 取り立て屋じゃあるまいし。
そしてレンゲが皿に当たる音、食べ過ぎだろ。まさか大盛りか? 炒飯大盛りとかふざけるな。その後も沈黙が続いた。
「ふん。せいぜい、隠れた振りをすればいい。すぐにわかる」
スマホから目を上げた。大将がやってきた。
「天津飯おまち」
トレイの上に天津飯とレンゲがある。
「ククク……」
炒飯透明は不敵な笑みをこぼしている。
「天津飯が消えた瞬間にお前はそこにいるという証明になる」
空間からは勝ち誇ったような高笑いが聞こえてくる。確かに彼が言うとおりだ。この透明化は触れたものは透明になる。それは家の中での実験でも気がついていたこと。テーブルやソファーなどは触っても透明にならないが、ドライヤーやカバンは透明になる。衣服や持ち物は透明が発動する。だからこそ、彼が触れた炒飯やビールは透明となり、他人からは見えない。つまり自分がこのレンゲや皿に触れた瞬間に天津飯は消えて透明の自分がここにいるのがバレる。
(まさに大ピンチと言って良い)
だが、こうすればどうだ?
「な……に?」
炒飯透明は困惑している。それもそのはずだ。
「天津飯が消えないだと?」
お前からはそう見えるだろうな。いまの私がどうしているか、教えてやる。椅子の上に正座をして飯台の上に両手をつく。そして上から犬のようにかぶりつくのだ。こうすれば天津飯は消えない。勝った。
そのときテレビから緊急ニュースが流れた。
「⚪︎⚪︎市のビルで立てこもり事件が発生。人質5人の安否は不明」
「近所じゃないか」と遠くにいるオッサンが声を上げている。
すると肩を叩かれる。
「ひっ!」
後ろを振り返るが誰もいない。炒飯透明、なぜわかった。
「早く天津飯を食え。ご飯が減ってるからバレバレだ」
「流石ですね」
ここは試したテイにして誤魔化す。
「これから救出に行くぞ」
炒飯透明はやる気満々だ。そして完全に上下の関係が決まっている。本当に勘弁して欲しい。
透明伝説 18世紀の弟子 @guyery65gte7i
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