第4話 炒飯が食べたい

 カウンターの角側の席でおそらく炒飯透明と向き合っているのだが、視線の先にはビールと餃子を堪能する中年男がいる。この感覚は不思議である。

「色々と質問があります」

「その前にだ」

 空間から声がして、椅子が後ろに引かれる音がする。炒飯透明は立ち上がっているのだ。

「大将、メモ用紙とペンとセロハンテープまだかい」

 店内に大きな声が響き渡ると、数秒後に厨房の奥からおろおろしながらやってきたのは年老いたラーメン屋の大将だ。

 「これで良いんですか?」

 怪訝そうな表情で紙とテープが飯台に用意される。

「助かるよ」

 キュキュッという音の後にジーっと鳴り響いて椅子の後ろに張り紙がついた。

「注意! 座って食事しています」

 確かに、先ほど招いたトラブルが起こらないように必要な対策だ。

「君も貼りなさい」

「ありがとうございます」

 渡された張り紙を椅子の後ろに貼り付けた。近くで会話を聞いていた大将に注文する。

「天津飯一つお願いします」

「あいよ、えっと、席は……ここか」

 手でトントンと台の上を叩くと気がついてくれた。大将が厨房の奥に下がると、炒飯透明がレンゲで皿の音を鳴らして、炒飯を咀嚼している。

「質問があると言ったな」

「はい」

「ふむ」

 皿の上を叩くレンゲ、香ばしい玉子とネギの香りが漂う。この男、実に美味しそうに炒飯を食べる。見えないからこそ、余計に想像して美味しそうに感じる。沈黙に気がついて慌てて声を出す。

「透明体験はいつからですか? 私は今日届きました」

 体験日は個人によって異なる。数日前から透明体験を始めた人もいる。

「昨日からだ。透明生活は2日目だよ。君もすでに理解してると思うが最初は大変だろう」

「そうですね……」

 ため息が出た。歩いて駅に行くのも店に入って注文するのも苦労する。

「最初は慣れない。私もそうだ。だが次第にコツがわかるようになる」

「コツ?」

 皿の上をコツコツとレンゲが音を立てる。もはや食テロと言って良い。あー、炒飯にすれば良かった。

「マインドの変化だ。普通の感覚だからこそ疲れる。あるときに自分が透明人間だと意識をする。アニメのキャラクターやスーパーヒーローのようになりきる。そうすると、周りを警戒するのが当たり前になり、道を歩くのも苦にはならない」

「なるほど」

 炒飯透明の先ほど台詞回しも理解できる。ただ、何よりも炒飯が食べたい。

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