還りゆく場所-2
地下の扉の先は、また階段が続いていた。これまでの人工的な造りとは対照的に、土と岩とでできている。空気はひんやりと湿っているが、上階の得体の知れないものに囲まれた空気よりは、居心地がいいとシンは思った。
上の階と同じように、火のない不思議な明かりがまばらに設置されているが、壁が所々金緑色に光っている。これまでの無機質な光景とは違い、なんとも幻想的だった。
始めて見るそれに、自分たちの置かれた状況も忘れ、思わずまじまじと観察してしまう。間近で見ると、それは苔のような植物で、発光しているのではなく、わずかな光源を反射しているようだった。周囲がはっきり見えるほどではないが、薄暗さに慣れた目には、十分な光だ。
「何してるの。置いてくわよ」
立ち止まっている間に、先を行くキズナたちと少し距離が空いていた。慌てて後を追おうとするが、足場があまりよくないので、自然と足取りは慎重になさざるを得なかった。
階段の先は見えない。ぐるぐるとらせん状になっていて、微かな明かりでは先まで見通せなかった。シンたちの他に動くものはなく、足音と衣擦れの音、それに息遣いだけが、周囲に反響しては吸い込まれて消えていく。
キズナの表情が、焦りを帯びているのが傍目にもわかった。時折、「ユイ……そこにいる……?」と呼び掛けては、その存在を確認している。先日の集落での戦いと、今回の須佐之男との戦いで怨念に当てられ、神気を削りすぎたらしい。ユイも急速に祟り神へと変貌しつつあった。
月読も、今はシンの笛の中にいる。彼も若干辛そうにしながらも、目立った変化は見られなかったが、このままでは遅かれ早かれ、同じ運命を辿るのだろう。
彼らを黄泉の国へと送ろう。その後世界がどうなるかはわからないが、それはその時考えよう。
そういえば、このところ地図をきちんと書いていなかった。落ち着いたら、これまでのことを記録に残そう。
そんなことを考えながら、これが終わったらキズナたちはどうするつもりなのだろうと思った。彼女たちは、黄泉津比良坂の扉を開ければ、結界が消滅して、今生きているものたちが全て、彷徨う死者たちの怨念に吞み込まれると思っているようだ。しかし、誰もそれを確かめた人間はいないのだし、案外何も起こらずに、世界は何も変わらない可能性だってあるのではないかと思う。少なくとも、この仄暗い道を、正気を保って進むには、そのくらいの楽観が必要なのではないかと思った。
――ああ、でも。
クローンだのなんだのは、正直よくわからなかったけれど。キズナが時々苦しそうにしていたのは、身体の限界が近いということだろうと理解はできた。
自分に
闇の中に白く浮かび上がるキズナの背中を追いながら、そんな取り留めもないことを考えていたシンだが、
「っていうかさ、お前、見た目よりばあさんってこと?」
気が付けば、そんなことを口走っていた。
キズナたちがそろって振り向き、目を丸くしている。
やがて、キズナが大袈裟に肩をすくめる。
「あんな話を聞いてそんなことが言えるなんて、大したものね」
アサヒとヨツユも、憤慨したように言う。
「無礼ですよ、シン殿」
「そうです。ですが、キズナ様を年上と認めるのなら、もっと敬意を払うべきです」
それを聞いたキズナは、小さく噴き出す。そんな彼女を、アサヒとヨツユも、そしてシンも、意外に思ってぽかんと眺めていた。
やがて、気を取り直したらしいキズナは、再び階段を下り始める。
「……ねえ、あんたが今までどんな旅をしてきたのか、聞かせてよ」
不意に、キズナはそんなことを言った。
シンは思いつくままに、旅の思い出を話した。旅の途中で珍しいものを探すのが楽しいことや、判断を間違えて飢え死にしかけたこと、どこの集落にも、優しくて親切な人がいたこと。だから、生きることは悪くないと思えたこと。
「……そう」
とりとめのない話をしながら、シンたちは階段を進んでいく。
「そうだ、これが終わったら、これからも――」
その言葉を最後まで言い終わらないうちに、下りの階段が終わり、これまでとは打って変わった広い空間に出ていた。
だいぶ深く潜った気がするが、空気は澄んでいて、呼吸も問題なくできる。見渡すような空間の天井には、小さな明かりと、それを反射する光苔が生えていて、全体の様子を見ることができた。
ここで行き止まりのように見えたが、奥には
「この先が、黄泉津比良坂よ」
キズナは、じっとその大岩を見つめている。シンもそれに目を遣るが、大岩はシンの背丈の三倍はあり、横幅は量の腕を広げただけではとても足りない。四人で動かせるようなものとは到底思えなかった。
どうするのだろうと思っていると、キズナが辺りを見回しながら言う。
「ここに、四つ目の勾玉――
では、その死返玉はどこにあるのだろう。そう思った時、大岩の陰からゆらりと人影が立ちあがった。
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