魂の在り処-2
「ヒイラギ……あんた何をやっているの?」
キズナは迷いなくその名を呼ぶ。
彼女がヒイラギなのか。長く艶やかな黒髪はキズナと同じだが、切れ長の瞳はどこか冷たい印象を与える。キズナよりもいくつか年上に見えた。しかし、顔は同じだが、先日の集落で見た時とは様子が違う。
あの時ヒイラギと呼ばれていた少女は、どこか焦点の定まらない目をしていて、常に何を考えているのかよくわからない、作り物めいた微笑みを浮かべていた。
だが、今目の前にいる少女は、不敵な笑みを浮かべ、威風堂々とした振る舞いでキズナと対峙している。その姿は怪しい美しさをまとっていて、目が離せなかった。
「何って、戦いよ。生きるための」
言いながら、腕を広げてくるりと一回転し、周りの景色を示す。
「どう? いい眺めでしょう」
「……あんた、まさか」
キズナ目を眇めて、ヒイラギを睨む。ヒイラギはふふ、と口元を歪めて微笑んだ。
「そうよ。わたしは、まともに生きられる肉体がほしいの。元老院のじじいどもの言いなりになって、終わりのない短い生を繰り返すのは、もううんざりなのよ!」
ヒイラギの言葉には、憎しみがこもっているようだった。キズナは拳を握って、彼女から目を離さない。
「どういうことだよ……?」
その呟きで、ヒイラギは初めてシンの存在に気付いたようだった。値踏みするように、胡乱げにシンを無遠慮に眺め回す。
「ああ、報告にあった、あんたが連れてたっていう部外者ね。他にも二人くらいいたっていう話だけど……。そっか、結界の崩壊と一緒に死んだのね」
まるで、先日の集落でのことを知っているような口ぶりだった。だが、その口調は乾いていて、何の感慨も感じられない。その言い草に、シンは怒りを覚えた。
「もう一度聞くわ。あんた、あそこで何をしようとしていたの」
すると、ヒイラギはまたもふふふ、と可笑しそうに笑う。
「わたしたちの力になるのは、祈りと信仰でしょう? それを効率よく集められないかと思って。
「あんた、巫の役目を放棄するのね……!」
キズナが声を荒らげかけるが、ヒイラギはそれをぴしゃりと遮る。
「あんたに言われたくないわ。役目を放棄したのは、あんただって一緒じゃない。黄泉比良坂の扉を開けるですって? 冗談じゃないわ」
「どうして、あんたがそれを……」
「あら、あんたとアオイでこそこそ手を回して、協力者を募ってたじゃない。わたしはそんなのごめんだけど」
そう言えば、以前月読がそんなことを言っていた。キズナとアオイで、黄泉比良坂の扉を開こうとしていたというようなことを。
しかし、キズナは怪訝な顔で眉をひそめている。
「ああ、そっか。あんたは覚えてないのか。あんたは、記憶の継承に失敗した、出来損ないだものねえ! 契約していた神も失って、かろうじて応えた出来損ないの神と契約した、出来損ないの巫。いい組み合わせじゃない。アサヒとヨツユも、そんなのに付き合わされて、貧乏くじよね」
アサヒとヨツユは、キズナを庇うように前に立つ。その表情は険しい。
「キズナ。わたしに協力すれば、あんたの器も作り直してあげるわよ。あんたは、生きていたくないの?」
「わたしは、わたしの神を黄泉に正しく送る。それが、神の声を聞く巫として、最後にできることよ」
ヒイラギは、ふうんとつまらなさそうに呟き、シンに視線を移してゆっくりと近付いてくる。
「……あんた、その魂の色……。わたしたちからも、この世界の多くの魂からも失われて久しい、生きようとする本能……。生意気ね」
彼女から逃げるように、シンはじりじりと後退る。
「あなただって、生きたいと思うでしょう? 黄泉比良坂の扉を開ければ、何が起こるかわからない。皆死んでしまうかもしれないのに、その子に手を貸すの?」
「……俺はお前が何をしようとしてるかわからねえ。わからねえものに協力はできない」
わからなくても、ここの異様な光景が、きっと手を貸してはいけないものだと、本能が警鐘を鳴らしていた。
「あら、知らなかったの? 部外者を巻き込んだくせに、ちゃんと話してないんだ? これだから軟弱な出来損ないは……」
じゃあ教えてあげる、と歌うように言って、彼女は言葉を続ける。
「わたしたち巫は、器を乗り換えながら、長い間この世界を支えてきたのよ」
黄泉比良坂の扉が閉ざされて以来、死を迎えた魂が黄泉の国で安らぎを得て、新しい命として再びこの世に生まれてくるという流れが断ち切られた。それを補うために、巫たちが魂の浄化を行ってきた。これは、少し前にキズナから聞いた通りだ。
「でも、わたしたちだけは、力と記憶を継承し、役目に穴を開けないため――肉体が滅びれば、速やかに魂をそのまま次の器に乗り換え、休む間もなくずっと旅を続けてきたのよ」
ヒイラギは周囲のガラスの筒を指す。まさか、これが全部彼女の器だというのか。
「その子は記憶の継承に失敗して、力も弱くなった失敗の個体だけどね。……キズナ、あんたこれも話してなかったの? 自分に都合の悪いことは隠しておくなんて、さすがね」
キズナは顔を歪めて青い顔をしていたが、観念したように息を吐いた。シンは、その口から語られる言葉を、固唾を吞んで待つ。
「……わたしたちは、クローン体――遺伝情報を元に人工的に復元された、父も母もない存在なの。クローンはただでさえ寿命が短い上に、わたしたちは成長促進剤や様々な薬品を投与されて調整されているから、その負担で更に寿命が短くなっている……」
「そうよ。だからわたしは、勾玉の力を使って、まともに生きられる身体を作るのよ。あんただって覚えているでしょう、死ぬ瞬間の苦痛を! そんな記憶まで持ったまま、何も知らない呑気な人間たちのために、何度も何度も短い生を繰り返すなんて、わたしはもうたくさんなの!」
ヒイラギは叫ぶ。その声は、聞く者の心をかき乱す。怒り、恨み、あるいは悲しみに満ちていた。
「あんた、
「……断るわ」
キズナはヒイラギを見つめて、毅然と言った。
「そう」
ヒイラギはつまらなさそうに言って、それと同時に、一陣の風が迫ってきた。
かと思うと、目の前に刀を構えた月読と、それと斬り結ぶ筋骨隆々とした大きな男が目の前に立っていた。
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