魂の在り処-1
上階に出ると、ここにも広い部屋があった。両側の壁一面に、チカチカと小さな光が灯る何かが並んでいた。部屋の中央には円卓が置かれ、そこには薄いガラスの板のようなものが置かれている。それらが何なのか、当然ながらシンにはわからない。
だが、それらはひび割れて所々崩れている。不規則な光の明滅が、消える寸前の鼓動のようにも思えて、何とも不気味だった。
「なんだ、これ……」
この場所に来てから、同じ疑問ばかり口にしている気がする。だが、本当に見たこともないようなものばかりなのだから、仕方がないというものだろう。
圧倒されて周囲を見回していると、キズナが何か言う前に、突如、雑音混じりの声がどこからか響いた。掠れた老人のような声だった。
『……戻ったのか、キズナ……』
シンは驚いて周囲を見回すが、声の主らしきものの姿は見えない。
だが、キズナは円卓に置かれたガラスのようなものの一つの前に向かっていく。それがぼんやりと光を放っていた。
「ええ、ここに。それより、これは何があったの?」
キズナがそれに話しかけると、返答がある。声はそこから発せられているようだった。
『ヒイラギの仕業だ……! あやつめ、サーバーを破壊しおった! 施設の管理のためにだけ、わし一人を残して……!』
姿は見えないが、声の主がぎりぎりと歯噛みしているのがわかるようだった。キズナはその声を、ただ静かに聞いている。
『奴を止めろ。あの小娘、己の役目を忘れおって。これは我々に対する叛逆だ……!』
シンは、呆気に取られて光る板のようなものとキズナを交互に見比べる。キズナはやがて深々と溜め息を吐いた。
「……悪いけど、わたしもあなたたちにはもう従わない。あの子がよからぬことを企んでいるのなら、止めるけれど」
なに、と発せられる声が気色ばむが、キズナは一切動じる様子はない。
「もう、終わりにしましょう。わたしは、
『何だと……! お前まで血迷ったか! そんなことをすれば……!』
声が荒ぶるのと同調するように光が激しく瞬くが、キズナはそれを静かに見下ろしている。
「あなたたちは、人に命令することしかできない。魂をデータに置き換えて、サーバーの中で永遠に生きているつもりでも、自分の手足で何をすることもできない。そんなものにあれこれ指図されるのは、もうごめんなの」
『待て! 貴様……!』
「データに過ぎないあなたたちは、死んだら――あなたたちに死と呼ぶものが訪れるのならだけど――そうしたら、黄泉の国に行けるのかしらね」
それだけ言うと、キズナは部屋の奥へと向かう。そこには、更に上に上るための階段があった。
光る板は、まだしきりに何か喚いている。それが何なのかシンには理解できないのだろうが、哀れなものを見るように一瞥してから、キズナの後を追った。
更に上階に辿り着くと、そこにはまた別の奇妙な光景が広がっていた。
両側に、人が一人入れるくらいの、透明なガラスの筒がいくつも並んでいる。天井や床からそれに管が伸び、どこかに繋がっているようだった。
一つ一つがぼんやりと光っていて、中に何かが入っているようだった。一体何だろうと近付いたシンは、思わず息を呑んだ。
「な……んだよこれ……!」
その中には、少女が入っていた。一糸まとわぬ姿で。
目のやり場に困るが、それどころではない異様さがあった。
少女は、眠っているようにその眼を閉じていた。中には液体が満たされているようで、長い黒髪が揺蕩っている。身体には、細い管が何本も繋がっていた。
なにより不気味なのは、そこにあるほぼ全ての筒に同じように少女の身体が収められており、その全部が同じ顔をしていることだった。
その顔は、あのヒイラギという巫のものと同じだった。
キズナはその光景を憮然とした表情で見つめて、
「だから、あんまり見せたくなかったのよ……」
諦めたように呟く。
これは何だとシンは問い質そうとしたが、その前に、新たな声が割って入る。
「来たのね、キズナ」
部屋の最奥を見遣ると、暗がりの中から、白い着物と緋色の袴を身に着けた少女が、姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます