せめて、人間らしく-6

 周囲には透明なガラスでできた背の低い建物が点在していたが、それらはことごとく割れて砕け、無残な姿を晒している。中には枯れた草花や木の残骸が残されていた。それらの他に、シンには用途のわからない、金属でできた大きな何かがいくつかある。しかし、それも長く手入れがされていないように、全体が錆ついていた。


「……なんだ、これ」


 シンはこれまでどこでも見たことのない光景に目を瞬かせ、周囲をきょろきょろと物珍しそうに見回す。


「《中央セントラル》よ。わたしたちの拠点……といったところかしら」


 キズナが静かに、その言葉を口にする。

 彼女の口から、何度か聞いた言葉だった。


「周りにあるのは、研究施設の跡よ。昔は、環境を浄化する方法や、厳しい環境下でも育つ作物なんかを研究してたんだけどね。今はただ、現状にしがみつようとする、亡者の群よ」


 どこか遠くを見るような、それでいて軽蔑するような乾いた口調だった。


「でも、あのヒイラギって奴は、天ツ原ってところから来てたって話だろ? なんでお前らの拠点に着くんだよ?」

「……わからないわ。……でも、勾玉の気配がする。残り三つ、全部」


 話しながら歩いて、彼らはその場の中心に建つ、白い建物の前に立った。


 それは、シンが見たこともない、白くてすべすべした石のようなものでできていた。そして、その建造物は、今現在残されている技術や素材では作ることが難しいと思われるくらい大きかった。天にそびえるというほどではないが、ちょっとした山くらいの高さがある気がした。てっぺんまで登るのは大変そうだと、やや呑気に考えるシンだった。


 これが人のいる建物なら、どこかに入り口があるのだろうか。しかし、それらしいものは見当たらない。

 シンがそう思っていると、キズナは迷いなく足を進め、ある一点で立ち止まる。


 そこには、人が通れるくらいの扉くらいの大きさの、周りと少し色が違う素材でできた箇所があった。だが、取っ手らしきものはなく、どうやって開ければいいのかわからない。

 しかし、キズナがその横の一点を手で押すと、軽い音を立てて開き、手の平の大きさくらいの、数字が書かれた板が現れた。

 キズナは指先でその数字をいくつか押していく。一つ押すたびにピ、ピ、と軽快な音が鳴り、キズナが手を止めるとわずかに引きずるような重い音を立てて、扉が横に滑るように開いた。


「……どうなってんだ、これ……」


 そっと中を覗いてみたが、誰かが中から開けたわけではないようだった。


「オートロックよ。パスコードを入力すれば開くの。……って言ってもわかんないか」


 旧文明の遺産よ、と言って、キズナは建物の中に足を踏み入れようとするが、


「待って。その子は置いていった方がいいわ。中はそんなに広くないし、何があるかわからないから」


 ふと振り返り、ハヤテを指して言う。

 建物の中は薄暗くてよく見えないが、目を凝らして微かに見えた、奥に続くと思われる通路は、大きな動物が通るには窮屈そうだった。

 シンはずっと一緒にいた相棒の頭をなでる。


「ごめんな。ちょっとここで待っててくれ」


 そう言って、近くにあった枯れ木に、ハヤテの手綱を結び付けた。


「よし、行くか」


 彼らは、建物の中に足を踏み入れた。

 入ったところは広い空間になっていて、ここにもシンには何に使うのかわからない、おそらく旧文明時代の遺物が、そこかしこに置かれていた。しかし、薄暗くて埃っぽく、人の気配がない。ぼんやりとした橙色の小さな明かりが、天井に等間隔に並んでいて、おぼろげながら周囲の様子を見て取ることはできた。奥には階段があり、上階と地下に続いているようだった。


「動力は生きているみたいだけど……。緊急省エネモードになってる……?」


 またシンには理解できない言葉を呟くキズナ。だが、シンがそれはなんだと聞く間もなく、キズナは次の行動を決定したようだ。


「ここの地下に、黄泉比良坂ヨモツヒラサカの扉があるの。勾玉の気配は、上から二つ、下から一つ。――上に行ってみましょう」


 キズナは階段に足をかけるが、そこで立ち止まってシンを振り返る。


「……始めに言っておくわ。この先、とても嫌なものを見ると思う。ついて来るなら、覚悟してね」


 それだけ言って、前を向いて階段を上り始める。アサヒとヨツユも何か言いたそうな、もの悲し気な顔をちらと見せて、キズナの後を追った。


 シンは一体何なんだと首を傾げつつ、その後に続く。

 だが、見届けると決めたのだ。だから、何があって、何を感じても、それを受け止めた上で、自分に何ができるか考えようと、改めて心に念じた。

 

 

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