せめて、人間らしく-4
キズナは意を決して、手に持った道返玉に念じ、アサヒとヨツユに加護を授けてくれるように祈った。
この場で力になるのは、生きようとする意志と願い。キズナは、かつてシンにそう言ったことがある。だが、なんて滑稽な台詞だろうと思う。生きることを望んでいないのは、他でもないキズナ自身だというのに。キズナが生きているのはただ、ユイを神のまま死なせる、その目的のためだけなのだから。
自分の清めの儀式の力が弱いことは、初めからなんとなく気付いていた。当然だ、自身に純粋に生きようとする思いがないのだから。人が神に捧げる祈りは、究極的には生きていきたいという望みなのではないかと思う。
だから、シンと出会ったあの日。鮮烈なあの笛の音に、胸を貫かれた気がした。まるで、生きたいという願いや望みそのもののようだった。
どうして、こんな未来のない世界で、あんなふうにただ純粋に生を願えるのだろうと思った。それがうらやましく、眩しかった。けれど、世界を覆う理を知った今、それにもきっと陰りが現れていることだろう。
三人は、結界の外に足を踏み出した。結界の内と外では、物理的な環境は変わらないはずだが、幾分か気温が下がり、肌を刺す風が強まった気がする。
否、気のせいではない。これは、渦巻く死者たちの怨念だ。黄泉に下ることもできず、行き場を失った魂たちが、澱んだ気をまとって彷徨っている。ざわざわと、耳元で恨みつらみを口にしている。それは、彼らを救えなかった巫たち、そして世界をこんなふうにした先人たちへの呪いでもあった。
ちらと後ろをうかがう。アサヒとヨツユは、辛そうに顔を歪めながらも、しっかりとついてきてくれていた。彼女たちを守るためにも、自分が気を張らねば。
しかしその時、胸に鈍い痛みが走り、そこを押さえて立ち止まる。
まただ。この身体も、もういつまで動くかわからない。
こんな時に。
気が緩んだ途端、囁く死者たちの声がうるさく耳に飛び込んできて、キズナは耳を押さえてうずくまってしまった。
「キズナ様!?」
二人の声が遠い。
行かなければと思うのに、気持ちに反して身体は重く沈んでいく。
終わらせるための旅。自分が目的を果たさなくとも、世界は終わっていくのだ。だったら、自分の旅に意味などあるのだろうか。
アサヒとヨツユが名を呼び、肩を揺さぶっているのがわかるけれど、壁一枚隔てた向こう側の出来事のようで、ひどく現実感がない。
自分はもう動けないから、二人には戻って、自分のことなど忘れて、どこかで穏やかに生きてほしいと思った。巫の付き人として、彼女たちの世話をするために忠実に作られた、哀れな生き物。彼女たちを、その役目から解放してあげたかった。でも、ここまで必死に自分を奮い立たせてきたけれど、結局何もできずに終わるようだ。なんという結末だろう。
ごめんなさい。
目を閉じた時、
「キズナ!」
澱んだ意識の中を、鮮烈に呼ぶ声が響いて、はっと顔を上げる。
「なんとか追いついた……」
そこには、あの少年の顔があった。
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