せめて、人間らしく-3

 翌朝、空が明るみ始めるのと同時に、キズナたちは起き出した。軽く朝食を摂って、焚き火の跡を始末すると、再び歩き出す。

 何かに追い立てられるように足早に進むキズナに、アサヒとヨツユは心配そうな視線を投げながらも付き従う。


 急がないと、あいつに追いつかれてしまうかもしれない。そうならないように、少しでも進まないと。

 そう考えて、のろのろと立ち止まる。自分は、あの少年が追いかけてきてくれることを期待しているのか。


 そんなことはない。自分から突き放したくせに、そんなことを期待する資格などあるはずもないし、彼が追ってくるなんてこともきっとない。ぶるぶると首を横に振って、再び足を動かす。


 立ち止まっている時間など、もうないのだ。このまま進んで、自分の目的を果たす。――でも、その後は?

 目的を果たした後、キズナには何も残らないのだ。キズナのこれは、大切なものを自ら手放すための旅。黄泉津比良坂の扉を開けば、ユイを神であるまま死なせることはできるが、世界がどうなるかはわからない。それを口にしたときの、あの少年の怒りに溢れた顔が目に浮かぶ。


 それでも、最後まで一緒に来てくれると思った。そうしてほしいとほんの少しでも甘えたことを考えてしまった自分に嫌悪を覚える。

 そう。最初から一人でやるつもりだったのだから、一人でやり遂げればいい。何も話さずに、適当なところで別れればよかったのに、自分が背負うものを少しでもわかってほしいと思ってしまったのが間違いだったのだ。


 どうせこの器も、そう長くはもたない。その前に、決められた役割をこなすことだけを求められていたこの身体と魂が、自らの意思で選んだことを果たすのだ。巫としては失格だが、それが、キズナが自分と共にいてくれた神にできる、たった一つの恩返しなのだから。




 それから丸一日歩いたキズナたちは、前を行く人影を捉えた。途中、集落に行き会うこともなく、荒れた道が続いていて、自分たちの他に生きているものがいないということを実感するばかりだった。


「キズナ様、あれは」

「先日の……」


 キズナと同じ白い着物に緋色の袴、長い黒髪をなびかせた、ヒイラギだった。その歩き方は、幽鬼のようにゆらゆらと頼りない。こちらに気付いているのかいないのか、気にする様子もなかった。だからこそ、こうして追いつくこともできたと思われる。


「このまま追うわ」


 彼女たちは、付かず離れずの距離で、前を行くヒイラギを追う。そのうち、前方に空高くそびえる、白く細長い塔のような建造物が現れた。


中央セントラルだわ……」


 気の抜けたような感慨と共に呟く。

 やっと戻ってこられた。けれど、ヒイラギの姿をしたあれが、どうしてここに向かっていたのだろう。


 疑問がわくが、それよりも問題は、建物は見えるけれど、そこへ至るまでの結界は、失われているということだった。

 どうするつもりだろうと見ていると、彼女は何の躊躇もなく、結界の外にその身を滑り出させる。

 すると、どうだろう。彼女の身体は何の変化もなく、砂塵と呪いの渦巻く中を、平然と歩いていく。


「……勾玉の力と……魂が入っていないから……?」


 だから、結界の外でも活動できるのかもしれない。キズナは呟くが、今は後を追わなければ。

 そこで、キズナははたと後ろを振り返る。


 アサヒとヨツユは、この先を超えられるかわからない。先の集落では、シンに勾玉の力で加護を施してもらい、彼女たちも生き残ることができたが、あの時は結界が完全に消える前だった。同じようにしようとして、もし失敗したらと思うと、二人を同行させることはできない。

 彼女たちともここで別れなければならないのは、辛い。だが、自分の過ちで彼女たちを失うことも、同じように耐え難かった。

 キズナは二人を振り返りるが、何か言う前に彼女たちが口を開く。


「よもや、ここで置いていくなどとおっしゃいませんよね? わたしたちも、共に参ります」

「大丈夫です。わたしたちは、あなたと一緒に生きることを、心から望んでいるのですから」


 その表情は、悲壮な決意に満ちたものではなかった。ただ穏やかに、これまで共に歩き、食事を摂り、一緒に眠ってきたことの延長で、当たり前のことをするだけだと言っているようだった。

 それがこの上なくありがたくて、もしそれがそういうふうに作られているだけのものだとしても、失いたくないのに。


「……わかったわ。行きましょう」


 結局、それに縋ってしまう自分の甘さが、嫌いだった。

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