ひとのつくりしもの-4
だが、そうやって作られた世界の仕組みも、決して安泰ではなかった。元々黄泉の国へ下ろうとしたところを無理矢理地上に縫い留められていた神たちは、時が経つにつれて歪みが生じ、楔を抜けようとする。それを修復するのが、巫たちの手によって行われる、清めの儀式だった。だから、巫たちは旅を続け、いたるところで清めの儀式をして歩いている。
だが、この世界を厭い、旅立とうとしていた神たちだ。それが叶わない彼らの想いは歪み、軋んで、巫の祈りでも抑えきれなくなる時が来る。その時、神々は祟り神へと変じ、結界は消え、人々は怨念に呑まれて消える。そうやって、人類の勢力圏は、狭まり続けているのだという話だった。
先の集落の神は、勾玉の力で無理に縫い留められて呪いを溜め込んでいたところに、血の穢れを浴びたことがきっかけで、より強力な祟り神となってしまった。以前キズナが言っていた、「ご神体の前で血の穢れはご法度」というのは、そういうことだったのだ。
「祟り神となった神は、もう鎮めることは叶わない。放っておけば歪みは広がり、周囲の結界をも食い潰す。そうなる前に堕ちた神を滅するのが、巫と、それと共に在る神の役目よ。……どう? わたしの旅の意味が分かった?」
キズナの語り口は、話の内容と比べて、あまりに淡々としていた。
先程月読が言っていたこととも合致する。今のキズナの話と総合して、全て筋が通った。しかし、シンにはにわかには信じがたい話だった。あまりの情報に頭の中が混乱して、どう受け止めていいのかわからない。
茫然とした表情で、シンはやっと言葉を絞り出す。
「なんで……今まで黙ってたんだよ……」
キズナは髪の先を弄びながら、シンとは目を合わせようとしない。
「知ってどうするの。人類の未来は先細りで、いずれ行き止まりを迎えるだなんて。そんな事実を知っても、いいことなんて何もないじゃない」
だから世の中には知らない方がいいこともあると言ったのだと、キズナは怒ったように呟く。
誰かが言っていた。いや、何かで読んだのだろうか。人が絶望する時は、辛い目に遭った時ではない。希望を失った時だと。
「今生きている人たちも、正しく黄泉へ渡ることができず、歪められた状態でこの世に繋ぎ止められているようなもの。こんな話を聞けば、あっという間に絶望して、呪いへと変わるでしょうね」
今まで信じていたことの裏に、そんな事実が隠されていたなんて。にわかには信じられなかったが、キズナが嘘を言っているようには感じられないし、そうする利点もない。
しかし、だとすれば、今までしてきたことは、人々を守るなどではなく、どんどん失われていく世界を、わずかに延命しているだけということになる。
「……お前、四つの勾玉を集めるって言っていたよな? それで世界が救われるんじゃ……」
言い募ろうとするシンを、キズナは小馬鹿にしたような目で見下ろす。
「そんなことができるなら、とっくに誰かがやってるわよ。言ったでしょう。わたしの目的は、閉ざされた黄泉津比良坂の扉を開くことだって」
黄泉津比良坂の扉を閉ざしたのも、神々を地に止めているのも、死者の魂を浄化しているのも、古の神がこの地に残した、四つの勾玉の力によるものだという。
肉体と魂、そして生と死を司る四つの勾玉。それは世界の各地に納められ、その力が世界に巡っているからこそ成せる業だということだった。巫たちも、元はといえばその玉を奉り、神々と近しい存在だった一族の末裔らしい。だから、勾玉の力の加護を持っているという。
しかし、黄泉津比良坂が閉ざされたことによって、土地神が世界に留まっているという話だったはずだ。それを開けば、どうなるのか。
「さあ? 知らないわ、誰もやったことがないもの。神々は一斉に黄泉に下り、この地は守りを失うか、それでも残ってくれる神がいるか――。人々の魂も皆、黄泉に向かうかも知れないわね」
さして興味などないとでも言うように、キズナは肩をすくめる。
「お前……!」
そのあまりの言い様に、シンは腰を浮かせて声を荒らげかけるが、
「じゃあ、他にどうしろっていうのよ!?」
抑えていた感情を爆発させたように、キズナは叫ぶ。
「おとなしく旅を続けて、清めの儀式をしていても、いずれ結界は消滅して、神も人々も怨念に成り果てる。わたしにはずっと聞こえていた。同胞である神を斬る度に、ユイが心を痛めている悲鳴が。それでも、彼らは人類のわずかな延命のために、力を貸してくれていたのよ。――でも、それもそろそろ限界。見たでしょう、さっきユイの様子がおかしかったのを……」
シンは、はっと目を瞠る。
「祟り神となるのは、ユイも月読命も例外じゃないわ。でも、わたしはそんなことはさせない。わたしは、黄泉津比良坂の扉を開いて、ユイを神として死なせる。そのためだけに、ここまで来たのよ!」
キズナの声は、震えていた。
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