疑念と真実-7

 シンたちは、滞在させてもらっている部屋に戻っていた。

 くだんの巫は、あの後すぐに、集落を発ってしまった。彼女はいつも、最低限の時間滞在して、用事を済ませるとすぐに出発してしまうらしい。住人たちは、名残惜しそうに去っていく後ろ姿を見送っていた。


 しかし、時間はもう暗くなってくる頃合いだ。ご神体の間隔は、場所によってばらつきはあるが、今から出発して次のご神体の場所まで辿り着けるかは微妙なところだと思われる。


 休息は必要ないのか、どこで寝泊まりしているのか。その辺りが不明なことも含めて、彼女にはあまり人間らしさを感じなかった。儚げな微笑みを浮かべていて、決まった口上以外は言葉も発していなかったように思う。その態度が、彼女に神秘的な雰囲気を纏わせ、人々の支持を集めるのに一役買っているのかも知れなかった。

 しかし、シンの目には、それはやはりどこか不気味で、不自然なもののように映るのだった。


「なあ、魂のない器を動かしているって、どういうことなんだ?」


 生き物には、肉体と魂がある。魂がないということはつまり、生きていないということだろうか。考えても、シンにはわからない。


「……あれはおそらく、足玉たるたまの力で規定の動作をさせることはできるけれど、魂はないから、自分の意思で行動することはできないんだと思うわ。長居すると怪しまれるから、さっさと出発したんでしょうね」


 キズナはそう言うが、肝心なところをはぐらかされたような気がする。


「とにかく、わたしはあれを追うわ。明朝すぐにね。アサヒ、ヨツユ、準備をしておいて」

「はい」

「かしこまりました」


 そうは言っても、元々荷物は少ない。洗濯した着替えやらをまとめて、使わせてもらった部屋を軽く掃除すれば十分だろう。それに、昼間の一件で、キズナたちは住人から反感を買ってしまっていた。さすがに夜が迫った時間に追い出されるようなことはなかったが、ここに長居できる雰囲気ではなくなってしまった。しかし、この集落の雰囲気にはシンも何か居心地の悪いものを感じていたので、別段惜しいとは思わない。


「……その前に、この地の神と話がしたいわ」


 だが、キズナは住人にすっかり警戒されてしまい、ご神体に近付こうとすると邪魔されるようになってしまった。それとなく、周囲に見張りが立っているようだ。


「一応結界が機能していると言っても、このままにはしておけないわ」


 そして、夜半、住人たちが寝静まったら、こっそりご神体に行ってみることになった。当然のように、シンもその数に入っていた。

 そこへ、レキが扉を開けて、部屋に入ってきた。


「よう、あんたら、何かやらかしたんだって?」


 今までどこに行っていたのか、レキは人を食ったような笑みを浮かべて、胡坐をかいてどかりと座る。


「あなた、今まで何してたのよ。それに、カイは?」


 キズナは不快そうに眉をひそめる。


「カイの引き取り手が決まったんだよ。お嬢ちゃんのお陰でご破算になりそうだったけどな。俺もあいつらの考えには疑問を持ってる、あんたらの考えももっともだと思うって言って、なんとかな」

「あ、そう。それなら、よかったわ」


 キズナはそっぽを向いて呟く。だが、カイの居所が決まったのは素直に喜ばしかった。幼い子供をこれ以上旅に連れ回すのは、シンたちにもカイ本人にも、そろそろ負担が大きくなっていたところだったので。


「長いものには巻かれる主義なんでな。生きるには、賢く立ち回らないといけないんだぜ」


 レキはひょいと肩をすくめてみせる。やっぱり食えない奴だなと思うシンだった。


「わたしたちは明日発つけど、あなたはどうするの?」

「そうさな、ちょいと疲れたし、少しここで羽を休めるのも悪くねえかと思ってる」


 飄々と言うレキに、キズナはどこかほっとした様子なのが見て取れた。


「そう。じゃあ、ここでお別れね。世話になったわ」


 キズナは居住まいを正して、軽く頭を下げる。


「お嬢ちゃんが何を考えているのか知らんが、達者でやれよ」


 レキもそう言って、にやりと笑うのだった。

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